バプテスマについて

 イエス様の十字架と復活を受け入れた人は、罪から解放され、新しく生まれ変わることが出来ます。これが福音です。そして、福音を受け入れた人々は、「イエス・キリストを救い主である」と信じる信仰を、水のバプテスマを通して神と人との前に表明します。
①バプテスマは、イエス様が定められていることである。
「信じてバプテスマを受ける者は、救われます。しかし、信じない者は罪に定められます。」(マルコ16:16)
②バプテスマは、正しい良心の神への誓いである。
「そのことは、今あなたがたを救うバプテスマをあらかじめ示した型なのです。バプテスマは肉体の汚れを取り除くものではなく、正しい良心の神への誓いであり、イエス・キリストの復活によるものです。」(Ⅰペテロ3:21)
 ですから、いい加減な気持ちでバプテスマを受けることは出来ないのです。
③バプテスマは、過去の罪汚れをすべて滅ぼし、神様のいのちによってあたらしく生きるという誓いである。
 ノアは、神様が与えられた良心に従って歩む人でした。
 神様は、堕落した世を滅ぼすため、大洪水を起こされましたが、ノアとその家族は、あらかじめ命じられて造っていた箱船に乗り、その裁きから救われました。しかし、この世の悪はすべて滅ぼされたのです。
④バプテスマは、私たちがイエス様を信じ、新しい霊的な世界で生きることの象徴である。
「~私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです。~」(ローマ6:3~5)
 罪の無いイエス様が、私たちのすべての罪を負って身代わりとなって十字架にかかって下さいました。その代価によって私たちは罪の束縛から解放され、自由とされたのです。
 私たちの罪は赦されました。しかし、私たちが完全な人となったのではありません。私たちは日々弱さを覚え、罪を犯すこともあるでしょう。しかし、私たちが罪を悔い改めるなら、神様は私たちを受け入れて下さるのです。何故なら、私たちは神のこどもとされたからです。
 教会は、イエス様を信じる者の集まりです。
信じると告白した者は、バプテスマを受け、そしてキリストのからだにつながります。そのつながりとは「愛」です。この愛は、神様の愛(アガペーの愛、つまり無条件の愛)であり、教会は、これによって神様の栄光を現すのです。
 私たちは、良き知らせである「福音」を伝え、多くの人がイエスを主と告白し、バプテスマへと導かれるよう祈り、御国の拡大のために前進していきましょう。主は、この教会に働かれています!!