からし種の信仰(永井明牧会長)

 「イエスは言われた。『神を信じなさい。まことに、あなたがたに告げます。だれでも、この山に向かって、動いて海に入れ。と言って、心の中で疑わず、だた、自分の言った通りになると信じるなら、そのとおりになります。~』(マルコ11:22~25)
 イエス様は、公生涯の中で何度かこのことばを口にしています。
 マタイの福音書の17章を見ると、「変貌の山」の記事があります。ペテロと2人の弟子達が驚くばかりの経験をしている中、残された9人の弟子達は、悪霊の追い出しに奮闘していました。てんかんで苦しんでいる少年を悪霊から解放することが出来ないでいたのです。そこにイエス様が来られました。少年の父親が、事の一部始終を話すと、イエス様はその少年を御前に連れて来させ、すぐさま悪霊を追い出されました。弟子達は尋ねました。「何故、私たちには悪霊を追い出せなかったのですか。」するとイエス様は「あなたがたの信仰が薄いからです。まことにあなたがたに告げます。もしからし種ほどの信仰があったら、この山に『ここからあそこに移れ』と言えば移るのです。どんなことでも、あなたがたにできないことはありません。」と言われました。イエス様は、「からし種の信仰」ということばによって弟子達を励まし、次に備える信仰の処方箋を与えました。 
 もう一カ所はルカの福音書17章です。イエス様は弟子達に、「7度を70倍するほどの赦し」について話されました。それを聞いて「私たちの信仰を増して下さい。」と願う弟子たちに、「もしあなたがたに、からし種ほどの信仰があったなら、この桑の木に『根こそぎ海の中に植われ』と言えば、言いつけどおりになるのです。」と言われました。
 さて、マルコの福音書で語られた「神を信じなさい。」ということばの背景には、ロバの子に乗ってエルサレムに入城された「しゅろの日礼拝」があります。その翌日、イエス様は空腹を覚えられ、遠くにいちじくの木があったので、期待して見に行かれました。しかし季節ではなかったので、当然、葉の他には何もありません。そこで、イエス様は「今後、いつまでも、だれもおまえの実を食べることがないように。」と言われ、そのいちじくの木を根まで枯らされたのです。 ホセア書9:10、ミカ7:1を見ると、「いちじくの実」は単に果物として書かれているのではなく、「神様のイスラエルに対する期待」が込められていることが分かります。しかし、イスラエルは神様の期待を何度となく裏切りました。神様のことばを信じず、極めつけには、神様が遣わされたイエス様を十字架につけました。期待を裏切られたイエス様が、いちじくを根まで枯らされたのには理由があるのです。
 何も知らないペテロは言いました。「先生。ご覧なさい。あなたののろわれたいちじくの木が枯れました。」そのようなペテロに対し、イエス様は言われました。「神を信じなさい。」と。 
 神様が一言「光よあれ!」と言われたら、そのことばの通りになったのです(創世記1章)。神様のことば(聖書)には力があります。
 私たちが信じるなら家族は救われ(使徒16:31)、病は癒されるのです。神様は、私たちのことを期待して見ておられます。私たちに必要なのは、からし種ほどの信仰なのです。期待に応えましょう。