祈り

「すべての祈りと願いを用いて、どんな時も御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。~」(エペソ6:18~20節)
 この個所の前には、「悪魔の策略(霊的戦い)」について書かれています。そこには、私たちの敵は悪魔であることを認識し、人と敵対させようとする悪魔の罠に引っ掛かってはならない、という警告がはっきりと書かれてあります。そして、その後には「神の武具」(真理の帯、正義の胸当て、福音の備え、信仰の大盾、救いのかぶと、御霊の与える剣)について、と続きます。
 私たちの人生には、度々、大変な戦いが起こってきます。しかし、神様は、私たちがそれぞれに与えられている使命をしっかりと全うすることが出来るように「堅く立つ」(エペソ6:14)ことの重要性を語っています。堅く立つことは、いつでも戦いが出来る準備をしている、という姿勢です。神様は、その人に、神の武具を下さるのです。
 この後に、ようやく「祈り」について語られています。
実は、霊的な戦いの中での「祈り」は、私たちの生活の中で欠かすことの出来ない、一番身近な「武具」として取り上げられています。
 祈りとは、「祈り」=「お願い」というような一方通行のものではなく、必ず「答え」がある、神様との「コミュニケーション」です。神様との会話をするときは、何も制限はありません。私たちの心のすべてを全部さらけだすことが出来るのです。その中で、会話を成立させるために、私たちはより聖書に親しみ、聖書のことばから、神様の答えをいただく必要があります。どのような問題の中にあっても、私たちが神様にすべてをお話する時に、どのように解決すれば良いかを教え導いて下さるのです。神様は、折りにかなった助け、また力を与えて下さるお方です。(ヘブル4:16)
 私たちは、絶えず「目を覚ましている」ことが大切です。そして「すべての聖徒のために」つまり、自分のためだけではなく、自分以外のほかの人々のために祈る必要があるのです。これは世界に広がるとりなしの祈りです。
 4福音書を見るときに、イエス様の歩みの大部分を「祈り」に費やしていたことが分かります。「祈り」は「従うこと」につながるのです。イエスさまは、今も私たちのために祈って下さっています。(ヘブル7:27)(ローマ8:34)神様は、私たちに良いものを与えて下さるお方です。
「祈りがもたらすもの(動機づけ)」を4つあげると、
①「喜び:神様との会話を楽しむ喜び」(ヨハネ福音書16:23、24)、②「平安:人知を超えた、限界のない平安」(ピリピ4:6、7)、③「成長:ぶれない生き方、とこしえの道へと導いて下さる」(詩篇139:23、24)、④「人を救いへと導いて下さる:神様のもとへと引き寄せて下さる」
 私たちは、世界中のクリスチャンに祈られて救われました。そして今、あなたの祈りによって多くの人々が救われるのです。祈りには、力があります。神様の救いを心から信じ、祈り続けましょう。