マタイ7章(前半)

 私たちは、イエス様を救い主として受け入れ、天国民となりました。
「私たちの国籍は天にあります。」(ピリピ3:20)
天国民とは、神様の大きな愛の御手の中で、神に属する者として、互いに赦し合い愛し合うという神の国の法則の中に生きる者です。
 イエス様は、「さばいてはいけません。さばかれないためです。」(マタイ7:1)と言われました。
 私たちは、まず私たちが神様の愛によって赦された者であることを知らなければなりません。私たちは、自分の力では到底支払うことの出来ない大きな負債(罪)がありました。しかし、イエス様が十字架の贖いによって、その負債を代わりに支払って下さったのです。(マタイの福音書18:23~35の例え)
私たちは赦された者ですから、決してさばくことをせず、赦すのです。「兄弟に向かって、『あなたの目のちりを取らせてください』などとどうして言うのですか。見なさい、自分の目には梁があるではありませんか。」(マタイ7:4)
 イエス様はこうも話されました。「聖なるものを犬に与えてはいけません。また豚の前に、真珠を投げてはなりません。」
 これは、肉の者(地位や権力に執着している人、家の宗教を堅く守っている人、また欲情によって生きている人)に福音(聖なるもの)を語っても無駄である、ということです。そのような人々は、自分の考えや思いが優先して、キリストが神であることをなかなか受け入れません。神様に従うことに困難を覚えるのです。ですから、福音を語る時には、霊の目を開いて見分ける必要があります。
 「求めなさい。そうすれば与えられます。」(マタイ7:7)
 イエス様は、求め飢え渇いている者に出会って下さいます。
散々文句を言っている人でも、本当は心の中で飢え渇いて救いを求めているなら、神様はその人に出会って下さるのです。大切なのは、救いを求める心です。求める者には、神様は必ず答えを与えて下さる方です。「してみると、あなたがたも、悪い者ではあっても、自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。とすれば、なおのこと、天の父が、求める人たちに、どうして聖霊を下さらないことがありましょう。」(ルカ11:13)
 神様は、聖霊という最高に素晴らしいものを下さる、と私たちに約束して下さっています。私たちが一番に求めなければならないのは、「聖霊」です。聖霊を受ける時、私たちは神の力を得ることが出来ます。「しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」(使徒1:8)
 聖霊によって、私たちは信仰が与えられ、神様に、つまり天国の法則(聖書のことば)に従うことが出来るのです。
 「それで、何事でも、自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい。これが律法であり預言者です。」(7:12)