いのちの木(富高美和副牧師)

「神である主は東の方エデンに園を設け、そこに主の形造った人を置かれた。神である主は、その土地から、見るからに好ましく食べるのに良いすべての木を生えさせた。園の中央には、いのちの木、それから善悪の知識の木を生えさせた。」(創世記2:8、9)
 神様は、エデンの園を設け、園の中央に二つの木を生えさせました。一つはいのちの木。アダムとエバはその木の実を食べることによって健康が守られ、永遠に生きることが出来ました。そしてもう一つは、善悪を知る知識の木。神様はこの木について「あなたは、園のどの木からでも思いのまま食べてよい。しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。」と言われました。
 しかし、蛇(サタン)が現れ、彼らをだましたのです。蛇はエデンの園(神様に呪われる前)では光り輝く魅力的な存在でした。彼らはその魅力にだまされ、サタンの言うことを聞いてしまい、結果神様の命令に背くことになったのです。サタンは惑わす蛇です。
 この世の中にも、魅力的はものは沢山あります。(テレビアニメ、ゲーム、ファッション、人々の教えなど。)例え、それらが天使のように輝いていても、それが神様や教会から離れさせたり、人との関係を破壊するものであるなら、それは惑わす蛇であることに気がつかなければなりません。
 アダムとエバは神様の命令に背き、その罪の故にエデンの園から追放されました。それ故、彼らは「いのちの木」からも遠ざけられたのです。神様は、罪を持った者が永遠に生きることをお許しになりませでした。(創世記3:22)彼らは「死ぬ」者となったのです。
 しかし、人間に対する神様の愛は、罪を犯した後も変わることはありませんでした。「神である主は、アダムとその妻のために、皮の衣を作り、彼らに着せてくださった。」(創世記3:21)
 神様は、惑わす蛇にだまされ続ける人間を放って置くことはせず、もう一度「いのちの木」を食べるチャンスを下さったのです。それはクリスマスの日に突然現れて下さいました。私たちは、ヨハネの福音書3:16を見る時に、イエス・キリストこそが私たちが失っていた「いのちの木」であることを知るのです。「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」
 イエス様ご自身も「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。」(ヨハネ11:25)
「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。」(ヨハネ14:6)とメッセージを伝えています。私たちは気づかなくてはなりません。イエス様は十字架の贖いにより、わたしたちの罪を取り除いて下さいました。罪ある者の至る道は「永遠の死(滅び)」です。しかし、イエス様を信じる者には、永遠の救いが得られるのです。
「耳のある者は御霊が諸教会に言われることを聞きなさい。勝利を得る者(イエス様を信じる者)に、わたしは神のパラダイスにあるいのちの木の実を食べさせよう。」(黙示録2:7)