霊的戦い

「~私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。~」(エペソ6:10~24)
 聖書は、「私たちの戦いは血肉に対するものではない」と語っています。
 私たちは、人に対して悪い思いを抱き、人に対してつまづきを覚えてしまいます。しかし、私たちに戦いを挑み、関係を壊そうとしているのは、その人ではなく、その人の背後で働いている悪霊だということに気づかなければなりません。私たちは、神の御心を邪魔しようとする悪霊と戦うのです。
 それらは、あなたの心に戦いを挑んで来るでしょう。また、人を通して迫害して来るでしょう。信仰から離れさせようとする力が働きます。それらは戦いを挑む「悪霊」なのです。
「信仰を持つ」ということは、ある意味命がけです。
 モーセは、長い間エジプトの地で奴隷であったイスラエルの民を救い出そうとしますが、パロはそれを阻止しようと必死でした。
 しかし、モーセは神の奇跡の力によって、彼らをエジプトの地から救い出しました。これは、私たちがこの世の罪の支配からイエス様によって救い出されたことを意味します。この世ではサタンが人々の心を支配しており、魂を罪に縛り付けています。しかし、イエス様の十字架の贖いによって私たちは解放され、救い出されたのです。
 イスラエルの民は、喜びの内に荒野の旅を始めました。何もない荒野での生活は、神様の奇跡の連続でした。しかし、民は救われた喜びを忘れ、神様の恵みに慣れ、不信仰の故に文句を言い始めるのです。
 私たちの霊的戦いは、救われたから終わり、という訳ではありません。本当の戦いは、荒野の旅の中(信仰を持ってから)で起こるのです。信仰と不信仰との戦い、しかし、私たちは新しく変えられた信仰の民です。
 約束の地に入ると、彼らの前にエリコの堅固な城壁が立ちはだかりました。しかし、恐れることなく神様のことばに従い、時の声を上げた時、敵の城壁は崩れ落ちたのです。彼らは勝利を治めることが出来ました。
 私たちは戦いの中にあって、神様のことばに従い「私たちは既に勝利した!」と宣言するのです。勝利はキリストにあって約束されています。
 私たちは、しっかりと「神の武具」(真理の帯、正義の胸当て、福音の備え、信仰の大盾、救いのかぶと、御霊の与える剣)を受け取り、サタンとの戦いに勝利していきましょう。
 神様の御言葉が私たちを生かし、勝利へと導きます。毎日しっかりと聖書を読み、聖霊の力によって奮い立っていきましょう。