地の塩(河野由輝代師)

「あなたはがたは、地の塩です。もし塩が塩けをなくしたら、何によって塩けをつけるのでしょう。もう何の役にも立たず、外に捨てられて、人々に踏みつけられるだけです。」(マタイ5:13)
 同じ「塩」について、マルコ9:49には「すべては、火によって、塩けをつけられるのです。~あなたがたは、自分自身のうちに塩けを保ちなさい。~」と書かれてあります。
 古代イスラエルにおいて、「塩」は「契約の証」でした。中東においては、誰かと契約を交わすときに、その契約が腐敗しないように、新しいお皿に塩を盛り、その塩を分け合って食べました。それは、同じ塩を食するということで「友情」「同盟」を表していたからです。
 旧約聖書には、「契約の塩」についてレビ記2:13、民数記18:19、第二歴代誌13:5に書かれてあります。
これらは、「永遠に変わることのない神様の契約」です。そして、その「契約」とは「イエス・キリストがダビデの子孫としてこの地上に生まれるということ、十字架の贖い、復活、聖霊の働き、再臨」です。これは、イスラエルだけではなく、世界中に与えられている恵みの契約です。神様は、「あなたがたは地の塩です。」と言われました。
 旧約の時代には、地の塩としてその役割を果たした信仰者たちがいます。エレミヤ、ダニエル、エステル、モルデカイ、エズラ、ネヘミヤ、ヨセフ。彼らは異教の地にあって、塩気を失うことなく、信仰を守り通し、王や、その国に対し多大な影響を及ぼしました。
 塩の役割は、①腐敗を防ぐ、②味をつける、③聖めをする、です。
たとえば、白菜の漬物を作るときを想像して下さい。白菜に塩を加えると、水分が沢山出てくるでしょう。それは、野菜の中の余分な水分を出すことによって腐敗を防ぐためです。しかも、塩には、水分を出しても、白菜から栄養をそこなうことなく、留める役目もあります。
 それは、塩が塩の塊のままではなく、溶け出し、その形状を失った時になされる効果なのです。
 異教の地で塩気を失わなかった彼らは、塩の塊のままに留まらず、その国や王様にへりくだって仕えることによって、うまく溶け出し、その効果を上げていきました。
 私たちには、「地の塩」としての素晴らしい見本があります。それは、イエス・キリストです。(ピリピ2:6~11)
 神であられる方が、自らへりくだり、仕える者となってこの地上に来て下さいました。そして、私たちを救いへと導いて下さったのです。
 イエス様は、私たちに「あなたがたは地の塩です。」と言われます。私たちも、イエス様に習って「地の塩」としての歩みをしましょう。