「この道」の者(東北中央教会 永井信義師)

「あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。~わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」(ヨハネの福音書14:1~6)
 イエス様は弟子達を目の前にして、このことばを語られました。
13:36~の場面で、イエス様はペテロに対し「あなたは私を裏切る」という宣言をします。彼らは、イエス様のこのことばに動揺し、不安を覚えました。
 誰でも、不安を覚えることがあります。しかし、そこでイエス様を信じることに思いを集中させることが必要になってくるのです。
イエス様は「わたしが道である」と言われました。
イエス様を信じ、救われたクリスチャンは、「伝道」をします。
伝道とは「道」を「伝える」ことです。つまり、私達の道であるイエス・キリストを伝えることなのです。
 聖書時代の使徒たちは、「この道の者」と呼ばれてました。「この道」というのが、神様へと通じる道、つまり天国への道、神の国へ行く道なのです。
 イエス様は、神の国について「神の国とは、からし種のようである。(つまり、成長し拡大するもの)」(マルコ4:30~32)と言われましたし、ある人は神の国とは「エデンの園」(創世記2:15)のようなものではないか、とも言いました。私達は神の国を正確に把握することは出来ません。しかし、神様と直接お会いした時は、神様の素晴らしさを見て驚きの連続であることは間違いありません。
「この道」とは、そこにたどり着く道なのです。私達がイエス・キリストを信じ続けるなら、必ず神の国に行くことが出来るのです。
イエス様が、私達のために神の国において場所を備えて下さっています。
「罪」とは、神様と人間との壊れてしまった関係をイメージさせます。神様と私達との間に溝があり、道がない状態です。しかし、ヨハネ3:16にあるように神様は私達を愛しておられ、修復を望み、神様の方から橋をかけ、道を作って下さいました。これがイエス様です。イエス様の十字架の贖いにより、私達は罪が赦されました。神の国へと入ることが出来るようになったのです。
 マルコ1:15「時が満ち、神の国は近くなった。悔い改めて福音を信じなさい。」
 「伝道」とは、「天国への道へと人々を誘う」ことです。
イエス様は「旅」をしながら、神の国の福音を伝えました。私達も、この地で旅をしながら、天国に向かって歩む者です。旅にはいろいろな問題も起こってくるでしょう。しかし、愛なる神様は、私達を守り、導いて下さいます。旧約の時代を生きた者も同じ歩みでした。
「~しかし、事実、彼らは、されにすぐれた故郷、すなわち天の故郷にあこがれていたのです。それゆえ、神は彼らの神と呼ばれることを恥となさいませんでした。事実、神は彼らのために都を用意しておられました。」(ヘブル11:13~16)
 私達は、「この道」であるイエス・キリストを伝える者です。