変貌の主(ルカの福音書9:28~)(説教:永井明師)

「変貌山」の記事は、他の共感福音書にも出てきますが、ルカはより詳しくその状況を書き上げています。
 イエス様が祈っておられると、御顔の様子が変わり、御衣は白く光輝きました。そして、弟子達の目に、ふたりの人がイエス様と話しているのが見えたのです。それは、なんとモーセとエリヤであって、イエス様がエルサレムで遂げようとしておられる最後について一緒に話し合っていたのです。ルカだけが、話の内容まで明確に書いています。「最後について」とは、もちろんイエス様の十字架と復活についてです。モーセは律法を代表する人物、エリヤは預言者を代表する人物、そしてこの律法と預言書はイエス・キリストについて書かれています。新約聖書はイエス様の生涯が書かれた書物ですが、マタイの福音書には、旧約の預言と共に、「これは預言が成就するためである」というフレーズが度々出て来ます。このことによって、旧約で約束された救い主が、イエス様であって、イエス様こそが神の御子であるということを知ることが出来るのです。
 「変貌山」でのイエス様の御顔の様子をマタイ17:2には「太陽のように輝き、」と表現されています。この地上では表現出来ないような状況の中に、弟子達は入れられたのです。 
ペテロが、信じられない光景を目にし慌てふためいている様子を見て、イエス様は「人の子が死人の中からよみがえるときまでは、いま見た幻をだれにも話してはならない」(マタイ17:9)と言われました。彼らは、その通り沈黙を守りましたが、聖霊によって「神様の救いの計画」に目が開かれた後、第二ペテロ1:16で「この私たちは、キリストの威光の目撃者なのです。」とはっきり証言しています。
私たちが、忠実にイエス様と共に歩むとき、突然、主の栄光を垣間見、素晴らしい祝福をその身に帯びることが出来ます。
 イエス様は一瞬にして、変容されました。私たちもイエス様を信じた時に、一瞬にして新しくされ、神の子としての特権をいただくことの出来る者へと変えられたのです。
 私たちはイエス様の十字架と復活の恵みによって救われたのです。決して救われた喜び、変えられた喜びを忘れてはいけません。
主の御名を行使し、更なる祝福に預かれることを心から喜びましょう。