とどまる時に

「~あなたがたが互いに愛し合うこと、これが、わたしのあなたがたに与える戒めです。」(ヨハネ15:1~17) 
 上記の箇所を読んでいく時に、「とどまる」という言葉が沢山出て来ることに気づかされます。
 イエス様は、「わたしにとどまりなさい。」(15:4)と言われました。何故なら、イエス様にとどまる時、つまりイエス様のことばに従って行くとき、そのことばによって「きよい」とされるからです。(15:3)
 当時、イエス様に従うということは簡単なことではありませんでした。大変な迫害にあう恐れがあり、「従う=命をかける」ということだったのです。 
 しかし、イエス様は、とどまることの祝福を語っています。
①実を結ぶ
 「人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。」(15:5)
 神様は、もっと多くの実を結ぶために刈り込みをなさいます。
 神様に喜ばれない部分が、切り離されるのです。肉につく欲望を捨てるなら、神様によって新しい人を着せられ、更に多くの実を結ぶことが出来ます。(コロサイ3:5~17)
②何でも欲しいもの(神の御心にかなうもの)を求めるなら、それはかなえられる。
 「あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます。」(15:7)
 イエス様のことばにとどまる時、イエス様の喜びが私たちの内に溢れ、自分の力ではなく、イエス様の愛によって人々を愛していくことが出来るのです。そればかりではなく、イエス様の知恵、知識、忍耐、も与えられる、と聖書は約束しています。
「それは、この人たちが心に励ましを受け、愛によって結び合わされ、理解をもって豊かな全き確信に達し、神の奥義であるキリストを真に知るようになるためです。このキリストのうちに、知恵と知識との宝がすべて隠されているのです。」(コロサイ2:2~3)
 イエス様のことばにとどまる時、「確信」を持つことが出来、「奥義(福音)」を知ることが出来ます。福音によって、私たちはイエス様の愛を知りました。御言葉にとどまる時、更に神様の愛を知ることが出来、その愛によって人々を愛することが出来ます。
 私たちは、イエス様にとどまり、互いに愛し合いましょう。
「互いに愛し合うこと」、これがイエス様からの大切な戒めです。