神の恵みを受け取るために 高森恒喜師(日南チャペル)

どうか、私たちのうちに働く力によって、私たちの願うところ、思うところのすべてを越えて豊かに施すことのできる方に、教会により、またキリスト・イエスにより、栄光が、世々にわたって、とこしえまでありますように。アーメン。(エペソ3:20~21)
 創造主なる神から人間に只で提供されるもの、それが「神の恵み」です。しかし、恵みには二種類あります。人間の側が何をしなくても享受できる恵みと、人間の側で果たすべき分を果たして享受できる恵みです。一般的に言うところの「天の恵み」と「地の恵み」について考えてみましょう。太陽の恵み、雨の恵みなどのいわゆる「天の恵み」は人間が何をしなくても与えられます。しかし、農作物、漁(猟)で得られるものなど「地の恵み」は種を蒔いたり、海や山に言って獲物を捉えたりする努力をしなければ得ることができません。神の恵みもまた同じです。私たちの側が何の努力をしなくても得ることのできる恵みと、人間の側でもなんらかの努力しなければ得ることのできない恵みがあるのです。ですから、もしかすると、本当はもっと得ることのできる恵みがあるにも関わらず、私たちの側がなすべきことを果たしていないがために、受け取ることができていない多くの恵みがあるかもしれません。では、どうすれば神の恵みを十分に受けることができるのでしょうか?その基本となる以下の3点について、確認しましょう。
①信じること~「神には約束されたことを成就する力があることを堅く信じました。」(ローマ4:21)神の約束を信じるとは、その背後にある神の無限の愛と無限の力を信じることです。
②求めること~「求めなさい。そうすれば与えられます。」(マタイ7:7)という言葉は言い方を変えれば、求めなければ与えられない、ということです。そして、何よりも求めなければならないのは神様ご自身であり、聖霊の満たしであることを忘れてはなりません。
③待つこと~「あなたがたが神のみこころを行って、約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。」(ヘブル10:36)神の約束を信じ、神ご自身を求め、そして、神の時を待つのです。人間が事をなして欲しいと思っているタイミングと、神が事をなそうと思われるタイミングは異なります。神の時と、そして、神の方法に全てを委ねましょう。