友(東北中央教会 永井信義師)

 「~わたしはあなたがたを友と呼びました。なぜなら父から聞いたことをみな、あなたがたに知らせたからです。」(ヨハネの福音書15:12~15)
 教会という存在は、「愛」によって人々に影響を与える存在でなければないということを、私たちは聖書を通して学ぶことが出来ます。
 「愛」の中にはアガペーの愛(神様の無条件の愛)と、フィレオの愛(友人関係、または動詞の愛)があり、初代教会は、この2つの愛によって周りの人々に知られ、受け入れられている存在でした。
 神様は、私たちを「愛に生きる」存在として用いて下さろうとしています。イエス様ご自身も、時にこの「フィレオの愛」を用いてイエス様の愛を示されました。「わたしはあなたがたを友と呼びました。」(ヨハネ15:15)
 イエス様のこの発言は、当時、「神様にとって特別な存在しか、友として扱われない」と思っていた人々にとって革命的なことばでした。イエス様は、「人々は、神様と友のように親しく歩むことが出来る」と教えられたのです。これは、素晴らしい喜びではないでしょうか。
 神様と「友」であることは、私たちにどのようなことをもたらすかというと、
 ①神様と、顔と顔を合わせて親しく交わることが出来る。
 旧約聖書において、神様と友人関係にある人は、特定の人だけだった。※アブラハム(ヤコブの手紙2:23)、モーセ(出エジプト記33:11)、ヨブ(ヨブ記)
  しかし、今はイエス様を通して、彼らのような友情関係を築くことが赦されている。
 ②イエス様にとどまることによって、何でもすることが出来る。
  「わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。~そういう人は多くの実を結びます。」(ヨハネ15:5)
 私たちが、イエス様と「友」として歩むなら、多くの実を結び、豊かな人生の約束を受けることが出来ます。
 また、私たちは、イエス様が弟子達をはじめ、多くの人と友になられたように、私たちも多くのノンクリスチャンと友達になる必要があります。パウロは、イエス様にならって多くの友を作りました。
 イエス様は、あらゆる人と友となるために「食事」の時を大切にされ、親しい関係作りをされました。
 私たちが、信仰生活を深めれば深めるほど、友情関係が広まっていく、これが神様の御心なのです。
 なぜ「友」になることが必要なのでしょうか。
それは、友情関係を深めることが、「力強い教会」「成長する教会」を築きあげる鍵となるからです。また、それは世界に神様の福音を伝える宣教の鍵にもなります。
 イエス様の友情関係が弟子を成長させ、弟子達が出て行って世界中の人と友になり、福音が広がって行ったのです。私たちは、イエス様のように、積極的に友を作り、力強い歩みをしていきましょう。