神様の選びとは(士師記15:14~20)

 この箇所に登場するサムソンは、神様に、生まれる前からナジル人(聖別された人)として選ばれた特別な士師でした。彼には民を守る為に、賜物として怪力が与えられていましたが、彼の生き方は賢い生き方とは言えないものでした。特に女性関係での失敗は目を覆いたくなるほどです。
 これらの姿を見ただけでは、何故神様は、彼を選ばれたのだろうか、と疑問に思います。
 まず、私たちは、神様の「選び」は、私たちの思いとは異なる、ということを知らなくてはなりません。神様の選びは、その人が賢いとか、人が良いとか、将来が有望である、というような基準で選ばれるわけではありません。どのような弱い人であっても、たとえ罪の中にいた人であっても、神様が「この者をわたしは選んで用いる」と言われるならば、そのことばの宣言通り、神様はその人を選ばれ、祝福し、用いられるのです。すべては神様の御心、それが神様の「選び」です。
 サムソンは、神様の「選び」の中にありました。
彼の賜物である「怪力」には、神様との約束あり、それは「頭にかみそりを当ててはならない、もし、髪の毛がそり落とされたら、力は去り、弱くなり、普通の人になる。」というものでした。
 神様の約束を守っている間、彼はイスラエルの民を守り、民を裁くことが出来ました。しかし、ある時、彼は遊女にそそのかされ、自分の力の秘密を話してしまったのです。その結果、彼の髪の毛はそり落とされ、神様との約束を破ってしまったその時、力は彼から去って行ったのです。
 神様の約束は、絶対です。私たちが神様の約束を守るとき、私たちの祝福も約束されます。しかし、私たちが神様の命令を忘れ、約束を破る時、祝福は取り去られます。
 サムソンは、祝福を取り去られた時、神様の約束と選びについて、ことの重大さを学びました。そして、神様の前に悔い改め、立ち返った時、彼は再び神様の祝福を受け取り、敵であるペリシテ人を滅ぼすことが出来たのです。(士師記16:23~31)
 神様の選びは、神様の全能なる力によってなされます。力があるとか、有能であるとか、素質があるなど、関係ないのです。どのような弱い者であっても、神様が「選ぶ」と言われるならば、聖霊の力によってその人は強くされ、用いられるのです。
 私たちは、神様に選ばれた者です。何かが出来るから選ばれたのではありません。神様の一方的な愛とあわれみによって選ばれたのです。ですから、私たちには聖霊様の力が必要です。聖霊様の力によって強められ、神様のために用いられることが出来るのです。
 あなたが、神様との約束(聖書のことば)を守るなら、あなたの祝福も約束されます。あなたは神様の力によって強められるのです。