信仰

 マタイ14:22~33には、イエス様が湖の上を歩かれたという奇跡が書かれてあります。その光景を目の当たりにしたペテロは、自分も歩かせて下さいと願い、それはすぐにかなえられました。しかし途中で恐れが来て、沈みかけてしまいます。そこで、「主よ。助けてください!」と叫ぶペテロに対し、イエス様はすぐに手を伸ばし、「信仰の薄い人だ。なぜ疑うのか。」と言われました。
 この箇所の前には、有名な「5つのパンと2匹の魚の奇跡」の記事があります。イエス様は、差し出された5つのパンと2匹の魚を祝福し、それらを配るように弟子達に命じられました。すると、群衆(男だけで5千人)は食べて満腹し、残ったパン切れを集めると12のかごにいっぱいになったというのです。
 人は、これらの出来事をどう受け取るでしょうか。にわかに信じがたいことでしょう。
しかし、信じられないことを信じることが「信仰」なのです。
 聖書は神様のことばです。そして聖書に書かれてある数々の奇跡は、神様がなさったことなのです。
 創世記12章1~4には、75歳のアブラハムに対し「あなたは大いなる国民とし、あなたを祝福する」と、彼を通して多くの子孫が与えられることを約束しました。二人とも、もう年寄りで、妻のサラ不妊の女性だったのにです。しかし、神様の約束は彼らの理解を遥かに越え、アブラハムが100歳、妻のサラが90歳の時に約束の子イサクが与えられたのです。
神様は、不可能を可能に変えるお方、全能の神様です。
 あたりが真っ暗な夜中の3時、陸からもう何キロメートルも離れていて、向かい風と波に悩まされていた時、弟子達の前にイエス様が湖を歩いて近づいて来られたのです。(マタイ14:24、25)
 イエス様は、私たちの人生の暗闇の中に現れて下さる神様です。自分ではどうすることも出来ない、先が見えなくて恐れ惑っている、その時に、イエス様はあなたに近づいて下さるのです。
 ペテロがイエス様に向かって「もし、あなたでしたら、私に、水の上を歩いてここまで来い、とお命じになってください」と言ったことに関しては、私たちは見習わなくてはなりません。それは、彼の精一杯の信仰でした。そして、彼は実際に水の上を歩くことが出来たのです。 全能なる神様を信じる信仰によって、私たちは何でもすることが出来るのです。状況を見て、不安なり、恐れが来たりもします。しかし、イエス様が共にいて下さるのならば、イエス様はすぐに私たちの手をとって引き上げ、助けて下さるのです。神様と共に歩みましょう。