信仰と聖霊に満ちた人(使徒の働き6:1~7)

 ペテロの説教により、エルサレムに教会が沢山出来、クリスチャンが増えて来ました(使徒2章)。
そこで使徒たちは、自分達が祈りとみことばの奉仕に専念できるように、他のさまざまな奉仕を信徒に任せることを決めました。その提案が承認され、選ばれたのが信仰と聖霊とに満ちたステパノを含む7人。彼らが選ばれた条件は「信仰と聖霊に満ちた人」というものでした。
 教会は、神様を信じた人々の集まりです。この信仰によって教会は成立しているのです。神様のことばを信じて(イエス様の十字架と復活:ヨハネ3:16)、私たちは罪赦され、新しい人生が与えられたのです。そして、人生が変えられた人々は、聖霊様の助けをいただきながら、聖霊に満たされた生活を送ります。
 信仰の世界は、目に見えない霊的な世界を見て生きる世界です。
 イスラエルの民は、400年間のエジプトでの奴隷生活から解放され、約束の地を目指して旅をしました。この約束の地カナンは、神様が「あなたがたに与える」と言われた地です。しかし、いざその地に入ろうとした時、彼らの目に、原住民があまりにも強く見え、イスラエルの民はその土地を勝ち取ることが出来ない、と恐れたのです。
ヨシュアとカレブだけが、「神様が約束されたので、私たちは勝ち取ることが出来る!」と訴えましたが、それは聞き入れられませんでした。イスラエルの民は、後ずさりしました。それゆえ、本当は数日で約束の地に入れるところを、彼らは40年もの間、荒野をさまようことになったのです。後に、信仰の告白をしたヨシュアとカレブと新しい世代の民だけが約束の地に入ることが出来、「今は行くべきではない」と不信仰な告白をした民は皆、荒野で死にました。
 信仰の世界は、まだ見ていない神様の「約束のことば」を、「必ずそうなる」と信じて前進することです。「わたしが事を行えば、だれがそれを戻しえよう。」(イザヤ43:13)
 前進するためには、聖霊の助けと、聖霊の力が必要です。ですから、私たち信仰者は常に聖霊に満たされて歩む必要があるのです。
「わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。」(ヨハネ14:16)
 この聖霊は、不信仰と恐れを打ち破り、福音のために命を捨てることの出来るほどの力を与えます。私たちは、神様の御言葉に従い、信仰と聖霊に満ちた人として、福音のために前進して参りましょう。