神を恐れ、命令を守れ

「空の空。伝道者は言う。空の空。すべては空。日の下で、どんなに労苦しても、それが人の何の益になろう。」(伝道者の書1:2~3)

 ダビデ王の時代に、イスラエル王国は確立し、栄えました。そして、息子であるソロモンが、それを更に強固なものにしました。
 ソロモン王は、神様から「国を正しく裁く知恵」が与えられ、世界の富を握るほどの勢いを持っていました。彼は神様の約束通りに神殿を建て、その後も何不自由ない、贅沢な生活をしました。自分でやりたいことは何でもすることが出来たのです。しかし、彼の晩年、心にやってきたのは「空の空。」という「むなしさ」だったのです。
 王の位を手にし、世界の富を集め、名声を得、すべての欲を満たしたはずでした。しかし、彼は「むなしい」と感じたのです。
 私たちの心もそうです。目標を立て、それに向かって進んでいる時は、何か生きがいがあるように感じるのですが、目標を達成すると、また「むなしさ」がやってくるのです。
 ソロモンは「あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また『何の喜びもない。』という年月が近づく前に。」(伝道者の書12:1)
 すべてを手にしたのに、それでもなお「むなしさ」を覚えたソロモンが悟ったことは、若い日に創造者を覚える、ということでした。
「結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。」(12:13)そして、神様を恐れ、神様の命令を守ることが、人間にとってすべてである、と断言し、人生の結論としたのです。
 何故なら、「神は善であれ悪であれ、すべての隠れたことについて、すべてのわざをさばかれるからだ。」(12:14)からです。  
 ルカの16:19~31には、「金持ちとラザロ」の話が出て来ます。金持ちは毎日贅沢に暮らし、神様を求めようともせず、自分中心の生活をしました。一方ラザロは惨めな生活で、神様の助けなしには生きられない存在でした。彼らの死後、金持ちは地獄に、ラザロは天国でアブラハムの懐の中にいました。
 私たちの人生は、死んで終わりではありません。生きている間の行いに応じて、神様の裁きがあり、天国と地獄に振り分けられるのです。
 人は、誰でも心に罪を持っています。神様と共に歩まない自己中心的な人生を送った人は天国には行けません。しかし、イエス様は今から2000年前、十字架にかかられ、私たちを罪の束縛から解放して下さいました。罪を悔い改め、十字架の贖いと復活を信じるなら、その罪は赦され、罪のない者として新しい歩みをすることが出来、たとえ死んだとしても天国へ行くことが出来るのです。
 人々は、一刻も早く創造者を覚える必要があります。創造者と共に歩む時、私たちの霊は満たされます。もはや、むなしい生き方ではなく、天に希望を置き、意味のある生き方をすることが出来るのです。