賢い人とは(東北中央教会 永井信義師)(エペソ5:15~17)

 皆さんの歩みは「賢い人」「賢くない人」のどちらでしょうか。
聖書を知っている牧師であっても、油断すると「賢くない人」のように歩んでしまいます。ですから聖書には「よくよく注意して」と書かれてあります。そして「機会を十分に生かして」と続いていますが、神様がいろいろな形で私たちに与えられた「チャンス(人との出会い、関係、状況、時間など)」を逃さずに生かすことがとっても重要であると、聖書は語っています。何故ですか?それは「今が悪い時代」だからです。そしてこれからもっと更に悪い時代に突入していくからです。このことを認識していない人は、危機感が全くありませんので「賢くない人」のように歩んでしまう恐れがあるのです。
しかし逆に、悪い時代だということを、しっかりと認識している人は「賢い人の」歩み方を選び取ることが出来るのです。
 パウロは「ですから、愚かにならないで、主のみこころは何であるかを、よく悟りなさい。」と語っています。
 私たちは今、賢い人の生き方(主のみこころを行う生き方)をしているか、賢くない人の生き方(この世と調子を合わせている生き方 ローマ12:2)をしているかをチェックしていく必要があります。
 では、どのようにして賢い歩み方をすることが出来るのでしょうか?それは「神様の御心を悟る」ことによってです。神様の御心をどのようにして悟るのか?それは、聖書の中に全て書かれてあるのです。
 エペソには、色んな神様が祭られていました。その中で、パウロは唯一の神様を示し、パウロ自身の生き方を通して、真実な賢い人の生き方を教えたのです。
 神様は、賢い人の生き方を様々な方法で教えて下さいます。ある時はモデルとなる人を通して、また過去の失敗を通して、また現在の置かれている場所において、将来の希望や夢から。
 箴言1:20~23には賢くない者について書かれてあります。
①わきまえのない者「経験がない若い者であるのに、自分で判断できると考えている人(箴言14:15)」のことを指します。そのような人は間違ったことをしているのに、それに気づきません。
②あざける者「他人に対し批判的、人のせいにする(箴言9:8)人」のことを指します。このような人々は叱責を聞きません。
③愚かな者「何が正しいか分かっているのに、それを選ぼうとしない 人(箴言10:23)」「神はいないと言っている人」のことを指します。愚かな人は悪いことをすることを好みます。
 賢く歩みたいと思っていても①②③のような歩みをしたり、そのような人と友となるなら、悪い影響を受けることになります。
 賢い者となるために、土台として据えておかなければならないことは、「神様を恐れる」ことです。
「主を恐れることは知識の初めである。愚か者は知恵と訓戒をさげすむ。」(箴言1:7)
 私たちは天地を造られ、この世も後に来る世もご支配されている主を恐れます。この方が守り導いて下さるのです。私たちは、神様の御心に従い、主に信頼し、求め、賢い人としての生き方をしましょう。