ヨハネの福音(ヨハネの福音書1:1~14)

 アドベンド「待降節」とは、神の御子であるイエス・キリストがこの地に来られた喜びの日を待ち望む期間です。
 私たちは、カレンダーを通して一年間のスケジュールを振り返ったり、これからの予定を待ち望んだりすることが出来ます。
 旧約時代のイスラエルの民は、聖書のことばを彼らのカレンダーとして、過去の歴史を振り返り、また預言を通してやがて来られる救い主が現れるのを心待ちにしたのです。その心待ちにしていた期間が「アドベント」であり、今は、その望むものが与えられた、成就したことを記念する時となっています。
 創世記1章には、神様が天地創造された様子が記されています。神様はまず「光よあれ。」と仰せられました。この神様の「ことば」によって、光が創造されました。そして、その「ことば」はヨハネの福音書1:14節につながるのです。
「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。」
 この「間に住まわれた」ということは、イエス様がヨセフ家の一人として、まだ結婚していなかった処女マリヤを通してお生まれになったことを示しています。霊体としてではなく、人間としてお生まれになったこと、しかし、その方は神であられたこと、ここがとても重要なこととして書かれてあります。
 イエス様は30歳になり、公生涯に入られましたが、ほとんどの人がイエス様が神様であることを知りませんでした。イエス様は弟子達に、「人々は人の子をだれだと言っていますか。」と言いました。すると彼らは「バプテスマのヨハネだと言う人もあり、エリヤだと言う人もあります。またほかの人たちはエレミヤだとか、また預言者のひとりだとも言っています。」と答えました。イエスが「あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」と言った時、シモン・ペテロは「あなたは、生ける神の御子キリストです。」と告白しました。するとイエスは、彼に答えて「バルヨナ・シモン。あなたは幸いです。このことをあなたに明らかに示したのは人間ではなく、天にいますわたしの父です。」と言われました。このペテロの告白は、特別な神様の啓示によって語ったものです。そして、その告白した「ことば」の上に「わたしの教会を建てます。ハデスの門もそれには打ち勝てません。」(マタイ16:18)と言われたのです。教会は、キリストによる信仰告白の上に成り立っています。この教会のかしらがイエス・キリストです。
「わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。」(ヨハネ15:5)
私たちはイエス様に繋がっていることが必要です。
 4番目の福音書であるヨハネの福音書には、「神の子として来られたイエス・キリスト」について書かれてあり、この方以外には救いがないことがはっきり示されてあります。イエス様は、創造主であり、救い主です。この方を伝えるために、私たちは遣わされていくのです。

永井明先生(福音の群牧会長)