天の教え

「~だれも天に上った者はいません。しかし天から下った者はいます。すなわち人の子です。」(ヨハネの福音書3:1~13)
 誰でも、「赦す」ということの難しさを経験したことがあるのではないでしょうか。聖書は「赦しなさい。」と語ります。これは、人間的には難しいことですが、イエス様によって心が新しく造りかえられることによって初めて可能になることなのです。私たちは、イエス様の十字架の犠牲によって罪が赦されました。ですから、私たちはイエス様の愛によって、人々を赦すことが出来るのです。
 ここにニコデモというユダヤ人の指導者が登場します。彼は、イエス様のお姿、そして行うしるしを見た時、「この方に救いがある」と確信しました。彼は、人目を避けて、イエス様に会いに行きました。
 ニコデモは、どのようにすれば「出来ない弱い自分」から救われるのかを教えてもらいたかったのです。イエス様は「人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」と言われました。ニコデモは、そのことばを理解することが出来ませんでした。そこで、イエス様は「水と御霊によって生まれなければ」と重ねて言われました。つまり、「悔い改め(水のバプテスマ)」と「聖霊(聖霊の力によって、新しい心が与えられる)」によって「神の国(神様のご支配)」の中に生かされる、ということを教えられたのです。
 イエス様は、天から遣わされた救い主です。イエス様は100%父なる神様を信頼し、御心を行われました。
「信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。」(ヘブル12:2)
 イエス様は、ニコデモに「だれも天に上った者はいません。しかし天から下った者はいます。すなわち人の子です。モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子もまた上げられなければなりません。それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。」と言われました。
 かつてイスラエルの民は、モーセに逆らったことによって神罰(蛇にかまれ多くの者が死んだ)を受けました。しかし、神様は、モーセが掲げた青銅の蛇を仰ぎ見る者は救われる、と言われ、その通りのことが起こりました。
 イエス様は、この話をすることによって、ご自分が十字架にかけられることを示唆し、そしてその十字架を仰ぎ見る者、つまり信じる者が救われるということを教えて下さいました。
 私たちは、自分の罪を悔い改め、イエス様の十字架と復活を信じることによって救われました。聖霊様の働きによって、新しく造り変えられたのです。赦せないものが赦せるようになり、出来ない者が出来る者へと変えられたのです。私たちは、神様のご支配の中で、神の国の民として、天国に国籍があることを心から感謝しましょう。

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