ロバの子(富高美和副牧師)

「~向こうの村へ行きなさい。村に入るとすぐ、まだだれも乗ったことのない、ろばの子が、つないであるのに気がつくでしょう。~『主がお入用なのです。』と言いなさい。~」(マルコ11:1~11)
 この箇所は、イエス様がエルサレムに入城され、いよいよ十字架にかかられるという大事な準備の場面です。
 イエス様は、神である姿を捨てて、人間の姿をとり、この地上に来て下さいました。それは、人々の罪をその身に背負い、身代わりとなって罪の罰を受け十字架にかかられる為でした。これから、その目的を果たそうとしてエルサレムに入られるのですが、イエス様がご自分の入城に用いた動物が「子ロバ」だったのです。どうして見栄えの良い「馬」などではなく「ロバ」だったのでしょう。ここには、沢山のメッセージが込められています。
①イエス様は、戦いのために来られたのではなく、平和をもたらすために来られたのだということを示すため。
 当時、戦いには馬が用いられていました。ローマを倒してイスラエルを再建して下さる、とイエス様に期待を持っていた人々に対し、イエス様の来られた目的は、そうではないことを示されました。
②預言の成就であり、イエス様こそが救い主であることを示すため。(ゼカリヤ9:9)
 イエス様は、子ロバの居場所について明確に示されました。それは、世界のオーナー(所有権を持っている)がイエス様であり、すべてを知り、すべてを把握しておられる神であることを示すためでした。
③私たちに対する愛を示すため。
 一般的に見るロバの性質はあまり良いものではありません。ロバは賢くなく、臆病、気が向いたときしか動かない、頑固、またふしだらで、種を越えて交配をするという欲情のままに生きる動物です。
 聖書の中では、偶像礼拝(霊的姦淫)を行うイスラエルを野生のロバとして非難している箇所があります。(エレミヤ2:24)
つまり、「ロバ」は「罪人」の象徴だと言えます。ロバは汚れた動物で、子羊による「贖い」が必要でした。(出エジプト34:20)
 贖わなければ、首を折られたのです。つまり生きてはいられなかったのです。これは、私たち罪人とイエス様の関係を指します。罪人には、イエス様による「贖い」が必要で、もし贖わなければ、滅びに至るのです。イエス様は、私たちを救うためにこの地に来られ、十字架かかり、私たちの身代わりとなって下さったのです。
 
 イエス様が用いられた子ロバは、首を折られていないので、贖われたロバです。イエス様は、罪人を見捨てることなく、罪から救い、神様の為に用いて下さいます。
 ロバを実際に用いて仕事をしている人は、ロバの性質についてこう語ります。「ロバは、柔和で、忍耐強い。そして重荷を背負うことが出来る、またどこへ行くべきか、行くべきではないか判断出来る。物を運ぶ時は、馬よりも足取りがしっかりしている。」
 私たちは、贖われ、新しくされたロバとして、しっかりとイエス様のために働くことが出来ます。イエス様は、私たちを用いられます。

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