「ことば」なる神

 創世記には、すべての「始まり」について記されています。
この世の教育では、当たり前のように「進化論」が語られていますが、真理は聖書の中にあります。聖書には、「初めに、神が天と地を創造した。」
(創世記1:1)と書かれてあります。
 神様は、人は人として、動物は動物として創造されました。決して進化して人間になったのではないことが、聖書にはっきり書かれてあります。
「神は仰せられた。『さあ人を造ろう。われわれ(三位一体の神)のかたちとして、われわれに似せて。彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配するように。』」(創世記1:26)
 この世界は、父なる神、子なる神、聖霊なる神によって、創造されました。父なる神が「光があれ。」と言うとそのようになりました。このように、「ことば」によってこの地が造られたことが分かります。
「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。」(ヨハネの福音書1:1)ここでは「ことば」が「神」であると言っています。
 世の中には、様々な神が存在します。しかし、立派な大仏も、人を魅了するような観音であっても、人が作った物はことばを発することは出来ません。しかし、天地を造られた方は、目には見えないけれども、わたし達に生きた「ことば」を与えて下さる方です。この「ことば」には、力があります。そして、この「ことば」は生きた霊ですから、人々の心に働いて影響を与えるのです。
 ヨハネの福音書1:14には「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。」と書かれてあります。この「ことば」はイエス・キリストのことを指します。イエス様は、神であるお方なのに人の姿をとってこの地上に降りて来て下さいました。それは、人類の罪をその身に背負い、身代わりとなって十字架の罰を受けるためでした。わたし達は、イエス様を信じる時に、罪赦された者となり、天国への道が開かれます。
 信じた者の心には、ことばなるイエス様が住んで下さり、私たちに御言葉を持って確信を与え、力を与えて下さり、大胆に福音を語る者と変えて下さいます。
「私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。」(ローマ1:16)
 神のことばには力があります。神のことばによって人々は救われるのです。ですから、私たちは恐れることなく、救いを得させることの出来る神のことば(福音)を人々に伝えて参りましょう。

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