信仰の告白(永井明牧師会長)(マタイ9:18~26、マルコ5:25~43)

 イエス様が行かれるところには、常に群集が押し寄せて来ました。会堂管理者であるヤイロは、イエス様を見つけると、その足元にひれ伏し、死にかかっている自分の娘を助けてほしいと懇願します。イエス様は、彼の願いを聞き入れ、彼の家に向かいました。
 すると、そこに長血を患っている女性がイエス様に近づき、着物のふさに触れたのです。この女性は、12年間出血が止まらないという婦人病を患っていました。不正出血の病を持つ女性は聖なる物に触れることは出来ない、つまり宗教的儀式に預かることが出来ませんでした。共同体からも隔離されるような辛い日々の中、彼女は医者からもひどいめに会わされ、自分の持ち物をみな使い果たしてしまっても、何のかいもなくかえって悪くなる一方だったのです。もう望みも絶えていた、そのような時にイエス様のうわさを聞いたのです。彼女はそのことを聞き、それから「この方のお着物にさわることでもできれば、きっと直る」と言い続けていたのです。彼女は、イエス様の奇跡のうわさを聞いていました。「信仰は聞くことから始まる」、これが信仰の原理です。「信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。」(ローマ10:17)
これが告白する信仰です。神様のことばを聞いて頭で考えるだけでは信仰は働きません。実際に告白し、行動する時に聖霊の力が働きます。
 彼女は群集に紛れ、イエス様の衣に触りました。その時イエス様から流れてくる爆発的な聖霊の力を感じました。イエス様も同様、自分から力が流れていくのが分かりました。その時、彼女は、自分の告白の通り、完全な癒しを受け取ったのです。
「信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。」(ヘブル12:2)
 ヨハネの福音書1章を読むと、イエス様が世界のはじめからおられ、父なる神様と共にこの世界を創造されたということが分かります。
イエス様は、今から約2000年前に人の姿を持って地上に降りて来られ、私たちの罪の贖いをして下さいました。この方こそ、「信仰の創始者」であります。私たちは信仰の創始者であるイエス様から目を離してはなりません。イエス様がことばを発するとその通りのことが起こったのです。イエス様のことばは神のことばであり、そのことばによって奇跡がなされました。天地創造のときにも「光があれ。」と言われると、この世界に「光」が出来たのです。神様のことばには力があります。無から有を呼び出すことの出来る全能なる神様が私たちの告白に答えて下さるのです。
 私たちは、昨日も今日もいつまでも変わることのない、主なるイエス様の生き様を通して信仰を正していきます。そして、聖書のことばに従い信仰の告白をしていきます。私たちが信仰を持って告白を続けるなら、聖霊の爆発的な力が働き、奇跡を体験することが出来ます!

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