ペンテコステ礼拝

「しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」(使徒の働き1:8)
 私たちは、時に、自分の力に限界を感じることがあります。
ペテロは、死ぬまでイエス様と共にいると決心し宣言していました。しかし、イエス様が捕らえられた時、ペテロはイエス様を呪い、その場から逃げ去ったのです。それが人間の本当の姿です。彼は、イエス様から愛された人物でした。イエス様が共にいる時には、あたかも自分に力があるように思い、そのように振舞ってきました。しかし、イエス様はペテロの中にある人間的な弱さをご存知でした。
「しかし、わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。だからあなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」(ルカ22:32)
 イエス様は、彼が弱さのゆえにご自身を裏切り、また彼が悔い改めて立ち返ることをすでに知っておられたのです。
 私たちには、人間的な弱さがあります。しかし、イエス様はそれをご存知であり、その弱さのうちに神様の力が働くよう、聖霊を受けることを命じられているのです。
私たちに必要なことは、信仰を持って「主よ!」と叫び、聖霊の満たしを求めることです。
「『~主よ。いま彼らの脅かしをご覧になり、あなたのしもべたちにみことばを大胆に語らせてください。御手を伸ばしていやしを行わせ、あなたの聖なるしもべイエスの御名によって、しるしと不思議なわざを行わせてください。』彼らがこう祈ると、その集まっていた場所が震い動き、一同は聖霊に満たされ、神のことばを大胆に語りだした。」(使徒4:29~31)
 弱さを覚える時、「主」に助けを求め、御前に出ます。そうすれば、助け主である聖霊様の力が注がれ、私たちは立ち上がることが出来るのです。私たちには、「確信」が与えられます。「癒される!」「出来る!」「救われる!」これらは、全能なる神様から来る確信であり、揺るぐことはありません。そして、信仰の深みまで導いていただき、大胆に主を証する者とされるのです。
 神様は、「わたしは生きている」と言われます。今も生きて働かれる神様が私たちと共におられ、導いて下さいます。目には見えませんが、私たちが信じて一歩踏み出すなら、神様の力が働かれ、信じたとおりのことが起こってくるのです。
 今、私たちは、終わりの時代に生きています。
この時代にまさしく聖霊の力が必要なのです。この時代に福音を伝える証人が必要なのです。
 私たちは、信じて一歩踏み出しましょう。その時、聖霊の力が働き、神様のご計画の中を歩むことが出来るのです。主は偉大な方です!

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