目をさまして祈る

「目をさまして、感謝をもって、たゆみなく祈りなさい。」(コロサイ4:2)

 マタイの福音書26章には、イエス様が十字架にかかられる前の出来事が書かれてあります。
 イエス様はペテロとヨハネと一緒に、ゲッセマネという所に来て、彼らに言われました。「わたしがあそこに行って祈っている間、ここにすわっていなさい。」それからイエス様は悲しみもだえ始め、「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。ここを離れないで、わたしといっしょに目をさましていなさい。」と言われ、彼らから少し離れた所に進み、ひれ伏して祈り始められました。しばらくして、弟子たちのもとに帰ると、なんと彼らは眠っていたのです。イエス様は「あなたがたは、そんなに、一時間でも、わたしといっしょに目をさましていることができなかったのか。誘惑に陥らないように、目をさまして、祈っていなさい。心は燃えていても、肉体は弱いのです。」と弟子たちに言われましたが、その後も、イエス様が血の汗を流して祈っているにも関わらず、弟子たちはまたもや眠ってしまいます。
 そうすると、彼らが眠っている間に「時」が来たのです。イエス様は、その後裏切り者に連れ去られ、十字架にかけられます。残念なことに、眠っていた弟子たちには、今がどのような時が分からなかったのです。
弟子たちは、イエス様と共に生活し、イエス様がどれだけ力あるお方か、知っていました。しかし、イエス様が私たち人間の魂を救うことの出来る「メシア」であることを信じていなかったのです。イエス様は、ご自分が何のために来られ、何のためにいのちをお捨てになるのか、伝えて来られました。しかし、霊的に開かれていない弟子たちには、理解することが出来なかったのです。
 一方、イエス様の死を霊的に悟り、促された女性がいました。26章6節から見ていくと、一人の女性が高価な香油の壺を持ってきて、イエス様の頭に香油を注いだ記事があります。その光景を見ていた弟子たちは、もったいないと憤慨しますが、イエス様はその時「この女が、この香油をわたしのからだに注いだのは、わたしの埋葬の用意をしてくれたのです。」と言われました。この女性は、「時」を知り、救い主のこれからの働きのたまに準備をしていたのです。
 私たちは、絶えず祈り、すべてのことに感謝して、神様の御心を悟る必要があります。アブラハムに対して「アブラハムにこのことを隠しておくべきだろうか」と主は語られ、ソドムとゴモラ滅亡を告げられました。アブラハムのとりなしの祈りによってロトとその家族が救われました。時を悟らない人は、ソドムとゴモラのように滅ぼされてしまいます。しかし、神様の御心を悟り、従う人は、ロトのように滅びの中から救われるのです。終わりの時が近づいています。祈り続けましょう。

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