また、立ち上がる!

 今、「広岡浅子さん」をモデルとした連続ドラマ小説が人気を博しています。彼女の座右の銘は、九転十起生(きゅうてんじっきせい)。明治を代表する女性実業家であり、豪気・英明な天性から「一代の女傑」と称えられました。彼女は62歳の時に洗礼を受け、クリスチャンになり、それからの人生は、聖書を土台するものでした。転んでもまた再び起き上がる、どこからともなく溢れてくるその力の背後には、神様のご計画があり、聖霊様の導きがあったに違いありません。
 聖書には、「正しい者は七たび倒れても、また起き上がるからだ。悪者はつまづいて滅びる。」(箴言24:16)とあります。
 「7」という数字は「完全数」を表しています。ですから、「何度も何度も転んで、どん底まで行っても、それでもなお起き上がる」という意味があります。「正しい者」とは、神様との正しい関係にある人のことを言います。正しい者は、倒れても、また立ち上がる力が与えられます。
 イスラエルの王であったダビデは、神様の前に罪を犯してしまいました。
その時の彼の心境が詩篇51:3、4に書かれてあります。
「まことに、私は自分のそむきの罪を知っています。私の罪は、いつも私の目の前にあります。私はあなたに、ただあなたに、罪を犯し、あなたの御目に悪であることを行いました。それゆえ、あなたが宣告されるとき、あなたは正しく、さばかれるとき、あなたはきよくあられます。」
 彼は、姦淫の罪を犯し、部下であるウリヤの妻を妊娠させました。そして、それを隠すために、忠実な部下であったウリヤを戦いの最前線に送り、死なせました。ダビデの罪は重く、彼の心はいつも罪悪感によって押しつぶされそうでした。しかし、預言者によって罪を指摘され、心から罪を悔い改めた時、神様は彼を赦し、再び彼を王として奮い立たせて下さいました。
 ヨブ記には、どん底に突き落とされた彼の人生が書かれてあります。ヨブはとても信仰深く、裕福で権威があり、尊敬されていた人物でしたが、彼の家族と全財産を奪い取られることによって、彼の信仰が本物のであるかが試みられます。
 ヨブは、家族にも友人にも見放されました。そのような惨めなところを通らされましたが、彼は神様から決して離れることはしませんでした。しかし、ヨブが自分の正しさを主張した時、神様の戒めを受け、彼は自分の中の傲慢さに気づき、悔い改めました。彼が心から悔い改め、謙って自分の友のために執り成したことによって、彼のおできは癒され、家族、財産、失ったすべてを取り戻したばかりではなく、祝福は倍となって帰って来たのです。
 イエス様と出会いは私たちにとって素晴らしい財産です。私たちの霊の目が開かれ、御言葉を悟るならば、すべてのことが神様の御手にあることを知ることが出来ます。人生には色々な試練があります。人生につまづくこともあるでしょう。しかし、私たちが主と正しい関係を持ち、主に信頼していくならば、私達は倒れても、また立ち上がることが出来るのです。

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