暗闇に輝く光(ヨハネ8:12)

 今、街中がクリスマスのお祝いムードとなっています。しかし、どれだけの人がクリスマスの本当の意味を知ってお祝いしているのでしょうか。
 私達は、クリスマスという絶好のチャンスに、神様の良き知らせを伝える者となり、福音の種を蒔き続けていきましょう。やがて、時がくると多くの実を結ぶようになります。
 イエス様は「わたしは世の光」だと言われました。
イエス様がこのような言葉を言われた背景には「姦淫の罪を犯した女性」があります。彼女は姦淫の現場で捕らえられ、イエス様のもとに連れてこられました。イスラエルの律法では「姦淫」は重罪で、石で打ち殺されることになっていました。イエス様を試し、陥れようとする者たちが、イエス様がこの女性にどのように対応するかを見ようと連れてきたのです。
 イエス様は、常に神の愛を説いていました。彼女に罰を与え、見捨てるようなことになれば、ご自分が説いていた「神の愛」を実現することが出来ませんし、もし罰することを禁ずれば「モーセの律法」に逆らうことになります。彼らにとっては、イエス様を陥れる絶好のチャンスだったのです。
 しかし、イエス様は、彼らにこう言いました。「あなたがたのうちで罪のない者が、最初に彼女に石を投げなさい。」と。すると、年長者たちから始めて、ひとりひとり出て行き、イエス様がひとり残されました。彼女を罪に定めることの出来る者はひとりもいませんでいた。イエス様は残された女性に近寄り、「行きなさい。今からは決して罪を犯してはなりません。」と言われ、彼女を解放してあげました。そしてイエスに対抗する者たちに言われました。「わたしは、世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。」と。
 この姦淫の現場で捕らえられた女性は、全く希望がない状態でした。誰もが彼女の「死」を確信していたのです。しかし、イエス様が希望のない暗闇の中で光となって彼女に生きる希望を与えて下さったのです。
 イエス様は、罪の束縛から解放し、永遠の御国へと導いて下さる方です。
イエス様の言われる「いのちの光」は永遠に輝く光です。この光を持って私達は世の中に出て行くのです。月の光は、暗闇に輝いています。暗ければ暗いほど、その輝きは増してきます。光によって道が開かれるのです。「死」という闇が襲ってきます。しかし私達は、死の後の「光の世界」に導かれることを知っています。その光とは神と共に歩む生活です。福音は「光」となって人々を救います。喜んで、福音を伝えてまいりましょう。

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