クリスマス礼拝(ルカの福音書2:1~14)

 世の中では、クリスマスというと「サンタクロース」「プレゼント」「飲み会」を連想します。しかし私達は、本物のクリスマスについて、聖書に詳しく書かれてあることを知っています。
 「歴史に学べ」という言葉を良く耳にします。歴史を見る時に、今日何をなすべきかを知ることが出来る、ということですが、しかし、歴史を見たからと言って、自分の本当の価値観や、正しい人生を歩めるかというと決してそうではないようです。
 だれもが「正しい道を歩みたい、間違いはおかしたくない」と考えますが、なかなか理想通りにいかないのが現実です。
 しかし、間違えのないものが一つあります。それが「聖書」です。なぜなら、これは天地を造られた神様が私達に与えて下さった本物の「約束のことば」でことごとく成就した預言の書です。
 創世記を見ると、天地の始まり、そして人間の罪の始まりについて書かれてあります。人間が罪を犯した時から、神様は、この地に救い主を送る計画を立てられていました。この方は、人間を罪の束縛から解放することの出来る、唯一の方です。
 ユダヤ人は、そのメシヤを心から待ち望んでいました。そして、ついにクリスマスの日、神様のご計画が実現したのです。
 神である方が、人間の姿をとって、人間を救うためにこの地上に来て下さった、それがイエス・キリスト様です。
 羊飼い達が野宿して夜番をしていると、御使いが現れてこう言いました。「きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。あなたがたは、布にくるまって飼葉おけに寝ておられるみどりごを見つけます。これが、あなたがたのためのしるしです。」(ルカ2:11、12)
 御使いは、羊飼いという一般的に貧しいと見られる人々に現れて福音を伝えました。神様は、心の貧しい人々、寂しいと感じている人、弱さを覚えている人のもとにご自身を現して下さるお方です。
 羊飼いは、御使いのことばを聞くと、すぐにメシヤを捜しに出かけました。そして、飼い葉おけに寝ておられるイエス様を見たのです。
 メシヤは、宮殿で生まれたのではなく、馬小屋でお生まれになりました。その姿は、輝きもなく、見栄えも悪かったでしょう。しかし、羊飼い達は、一目見て、「この方こそメシヤだ!」と分かったのです。なぜなら、見聞きしたことが、全部御使いの話の通りだったからです。
 イエス様は、心の貧しい者に愛を伝えるために、わざわざ身分を低くしてこの地に来られました。そして、十字架の贖いによって、本物の救い、愛を世界にもたらされたのです。イエス様の愛に感謝しましょう。

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