ゴールを目指せ!(富高美和副牧師)

 「~ですから、私は決勝点がどこかわからないような走り方はしていません。~」(第一コリント9:23~27)
 パウロは、度々「クリスチャンの信仰生活」を「競技をする者」に例えて語っています。パウロが福音を伝えていたギリシャは、オリンピック発祥の地です。今年8月にはオリンピックがブラジルのリオデジャネイロで開催、そして2020年には東京オリンピック。今、金メダルを夢見る者たちが希望を抱いて毎日練習に励んでいることでしょう。競争する選手は、「金メダル」というゴールをしっかりと定め、その目標を達成するために、今自分が何をすべきかを理解しています。
 私たちクリスチャンも、目指すべき「ゴール」をしっかりと定めることが大切です。「福音」を耳にした時、私たちはレースのスタートラインに立ちました。そしてイエス様を救い主と告白し、イエス様の御足の跡を辿る決心をした時、私たちは、用意されたレースを走り出したのです。
 さて、クリスチャンのゴールとは何でしょうか。それは、「やがて来られるイエス様にお会いすること」「イエス様から、頑張った褒美をいただくこと」です。「見よ。わたしはすぐに来る。わたしはそれぞれのしわざに応じて報いるために、わたしの報いを携えて来る。」(黙示録22:12)
 パウロは、しっかりとゴールを定めていました。ですから、福音を伝えることで、どんなに苦しく辛い思いをしても、彼の心は揺るぐことはありませんでした。彼は、この地ではなく、天においてイエス様から報いを得ることに心を定めていたからです。反対にゴールが定まっていないと、自分が何のためにスタートし、何のためにレースを走っているのかすら分からなくなって来ます。何のために救われたのか、何のために毎週教会に通っているのか、何のために奉仕しているのか、何のために世の中でクリスチャンとして戦わなければならないのか・・・。私たちは、ゴールをしっかりと定め、それを目指して走り続ける必要があります。
 ゴールを目指して走っていると、時々疲れを覚えることがあります。その時は、ゴールの「妨げ」になっているものに敏感になりましょう。その妨げとは、「重荷」そして「まつわりつく罪」です。(ヘブル12:1)
「重荷」とは、神様に対する疑い、恐れ、不安です。不信仰が重荷となってのしかかり、走りにくくするのです。もう一つは「まつわりつく罪」で、世の中に魅かれる思い、サタンの囁きです。これは、私たちをコース外に追いやろうとします。騙されてはなりません。重荷も必要ないのです。
 最後まで走りぬくのに必要なことが4つあります。①神様から愛されている確信が必要。(ローマ8:35~39)②忍耐が必要。(ヘブル10:35~39)③聖徒たちの声援を聞くことが必要。(ヘブル12:1)
④ゴール(イエス様)を見続けることが必要。(ヘブル12:2)
 信じ走り続ける者は、必ずイエス様とお会いすることが出来ます。そして、永遠に朽ちることのない冠、賞をいただくことが出来るのです。
あきらめないでゴールを目指しましょう。素晴らしい恵みが待っています。

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