私たちは選ばれた者

「あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。それは、あなたがたが行って実を結び、そのあなたがたの実が残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものは何でも、父があなたがたにお与えになるためです。」(ヨハネ15:16)
 この箇所を読む時、主体は「わたし(神様)」であって「あなたがた(人間)」ではないことが明らかになります。
 私たちは、自分で教会を選び、自分の足で教会に来たかのように思っていました。しかし、実はそうではなく、背後には神様の「選び」があり、聖霊様の導きがあったとういうのです。しかも、その選びには目的がありました。
 わたし達は、クリスチャンになった時に、聖書に基づく価値観が与えられ、いつも神様を主体とし、聖霊様の導きに従って歩む者となりました。
 ヨハネの16:7には「しかし、わたしは真実を言います。わたしが去って行くことは、あなたがたにとって益なのです。それは、もしわたしが去って行かなければ、助け主があなたがたのところに来ないからです。しかし、もし行けば、わたしは助け主をあなたがたのところに遣わします。」とあります。
 イエス様は、十字架にかかり死なれることを弟子たちに伝えられました。それは弟子たちにとっては衝撃的な出来事でした。なぜなら、この方こそイスラエルを復興するメシヤだと思っていたからです。しかし、イエス様はご自分が去った後に「聖霊」を送ると約束されたのです。その時の弟子たちには理解することが出来ませんでしたが、やがて弟子達は使徒2章においてイエス様の言われていたことばをすべて理解することが出来ます。
 イエス様は、私たちの罪を「救うため」にこの地上に来て下さいました。そして、聖霊様は私たちを「助ける」ためにこの地上に来てくださったのです。聖霊様は、イエス様と同じ力を持たれた神様であり、イエス様を信じるすべての人のうちに現れて下さるお方です。弟子たちは、聖霊の力を受け、大胆に福音を宣べ伝え、命がけで主に仕える者と変えられました。
 聖霊は、「罪(イエス様を信じないこと)」について、「義(イエス様の義)」について、「さばき(神の裁き:サタンが裁かれる)」について世に誤りを認めさせ、人々を父なる神様のもとに導く働きがあります。霊の目を開かせ、神様の御心について、サタンの攻撃について悟りを与えます。
 今の時代、わたし達は聖霊に満たされることを求める必要があります。
なぜなら、世の終わりが近いからです。聖霊様は、私たちに信仰を与え、揺るがない霊を与えて下さいます。そして、世の終わりまで、神様に忠実に歩む者として導いて下さいます。神様は私たちを選び、任命し、遣わされています。実を結ぶ者として、忠実な歩みをしていきましょう。

コメントを残す

コメントを投稿するにはログインしてください。