主に信頼し、祈る。

「~私は苦しみの中に主を呼び求め、助けを求めてわが神に叫んだ。主はその宮で私の声を聞かれ、御前に助けを求めた私の叫びは、御耳に届いた。」(詩篇18:1~6)
 人は、肉の「欲望」によって支配され、悩まされます。なぜなら、「欲望」は戦いを引き起こし、また、精神を悩ませ、あげくの果てには、犯罪を招くこともあるからです。
 昔から、多くの人が肉の「欲望」を制するために、あらゆる知識、また修行によって悟りが必要だと考えました。しかし、本当の解決を得ることが出来ませんでした。
 聖書には、すべての問題の根本的(罪)な解決法が書かれてあります。人間の欲望は、神様から離れた生活をするようになった時に、罪として人間を支配するようになりました。しかし、イエス様は、私たちをその罪の束縛から解放するために、この地上に降りて来られたのです。生も死も、病も、すべての問題の解決はイエス・キリストにあるのです。
 ダビデは、神様に対して「わが巌、わがとりで、わが救い主。身を避けるわが岩、わが神。」と賛美しています。
 悩み多きこの世の中で、私たちはダビデのように、主に信頼して生きる必要があります。どん底の生活をしている時こそ、主を呼び求めて下さい。
パウロはこう言っています。
「神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。」(ローマ8:31、32)
 神様は、私たちを愛しておられ、神様の哀れみのゆえに、私たちは神の子とされました。ですから、全能なる神様のうちにとどっまっているのなら、誰も私たちを苦しめることは出来ないのです。
 私たちは、イエス様が勝ち取った勝利によって、勝利ある人生を歩むことが出来ます。どのような苦しみの中にあっても、「神様が助けて下さる。神様が守って下さる。」と信仰を持って生きることが出来るのです。
神様は、私たちの信仰に応えて下さる方です。
 まず私たちは、「神様に愛されている」という信仰を持つ必要があります。
神様は、私たちを愛しているので、いつも最善へと導いて下さいます。そして、多くの祝福を注ごうと待っておられるのです。
 この世では、戦いがあります。サタンが必死に神様から引き離そうとし罪を犯させようと働きかけてきます。疑いを持たせ、不信仰にさせようとします。しかし、私たちは騙されてはなりません。
 神様は、人間を永遠に生きるようにお造りになりました。これが自然なことなのです。私たちは、新しいいのちを得、主と共に永遠に生きる恵みが与えられています。最後まで主に信頼し、従っていきましょう。

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