イースター礼拝

 「~あなたがたは、なぜ生きている方を死人の中で捜すのですか。ここにはおられません。よみがえられたのです。~」(ルカ24:1~11)

 週の初めの日の明け方早く、マグダラのマリヤとヨハンナとヤコブの母たちは、準備しておいた香料を持って、十字架にかかられ葬られたイエス様の墓に着きました。マグダラのマリヤは、かつて7つの悪霊を追い出していただき、イエス様によって新しい人生が与えられた女性です。彼女達は、人々の目を恐れることなく、ただイエス様に会いたいという一心でお墓に来ました。しかし、彼女達には問題がありました。墓に入るには、墓のふたとなっている大きな石を動かさなければなりません。問題はありつつも、信仰を持って近づくと、どうでしょう。墓のふたである大きな石がわきに転がしてあったのです。
 信仰生活において、問題が起こったり、恐れによって前進出来ないことがあります。しかし、私たちがイエス様に対する飢え乾きを持ち、信仰をもってイエス様に近づくなら、神様はその信仰に応えて、不信仰の「石」を取り除けて下さり、その問題を解決して下さるのです。
 女達は、不思議に思いつつも、そこに入ってみると、なんとイエス様の身体はもうありませんでした。ここで大事なことは、彼女達が「墓に入った」という事実です。彼女達は、イエス様が葬られた墓に入ったのです。
 私達の信仰生活は、キリストと共に死ぬことから始まります。キリストと共に死に、キリストと共に復活するのです。つまり、古い性質がみな死んで新しく生まれ変わるのです。これは、すべて信仰によるものです。
 彼女達が墓に入ると、そこに天使が現れそこに神様の霊と力を感じたのです。天使が彼女達の疑問、問題にすべて応えてくれました。
 私たちも、信仰によって一歩踏み出す時、そこに聖霊様が働かれます。そして、天使が彼女達に応えたように、助け主なる聖霊様が働いて下さり、私たちの人生に応え、導きを与えて下さるのです。
 アブラハムも、イサクを捧げることによって、信仰を試されました。しかし、信仰を持って神様に従ったので、彼には多くの祝福が与えられ、「信仰の父」と呼ばれるようにまでなりました。
 ノアも信仰によって、信仰の一歩を踏み出しました。多くの人が彼の行いを馬鹿にしましたが、彼の信仰によって、彼と彼の家族は神の裁きから免れました。
 イエス様の墓に来た3人の女性は、信仰によってイエス様の墓に近づいた時、「イエス様の復活」を知る祝福に預かりました。
 イースターは、甦りのイエス様をお祝いする日です。信じない人にとっては馬鹿げた話でしょう。しかし、信じる者にとっては、神の力なのです!

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