信仰をもって聞く

 「神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。~御子を信じる者は永遠のいのちを持つが、御子に聞き従わない者は、いのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる。」(ヨハネ3:16~36)
 「イエス様を救い主として受け入れる者は、永遠のいのちを受ける」と聖書は約束しています。
 今から約2000年前に、神である方が人間の姿をとってこの地上に降りて来られました。その目的はただ一つ、全人類の罪をその身に背負い、十字架の上で罪の罰を受けるためでした。イエス様の十字架の死は、最も呪われた死でした。というのは、イエス様は全人類の罪の呪いをすべて引き受けて、身代わりとなって死んで下さったからです。しかし、イエス様は、神である方なので、死を打ち破り、3日目に甦られたのです。
 神様のことばは絶対です。神様のことばを信じるなら、必ずその通りになります。神様は、神様のことばを信じる者に、神様の栄光を現して下さるのです。
 神様は、アブラハムに「さあ、天を見上げなさい。星を数えることができるなら、それを数えなさい。」「あなたの子孫はこのようになる。」(創世記15:5)と言われました。アブラハムは、年をとっており、不可能なことのように思われましたが、彼は神様のことばを信じました。そして、その通り、約束の子イサクが与えられたのです。その後、神様はイサクをいけにえとして捧げるように命じました。それは、子孫繁栄の可能性がなくなるということです。しかし、アブラハムは神様の約束を信じていたので、「イサクが灰になってもまた甦らせて下さる」という信仰をもってイサクを捧げようとしました。神様はその姿勢と揺るぐことのない信仰を喜ばれ、それを彼の「義」と認められたのです。神様は、イサクを返されました。
 ノアの時代。あまりの悪の増大に、神様が地を滅ぼそうと決心した時、ノアは箱舟を造り、神様のことばを信じて箱舟に入るように人々に警告しました。ノアは、ただ神様のことばを信じて箱舟を造りました。第二ペテロ2:5には、「義を宣べ伝えたノア」と書かれてあります。
 「十字架の贖い、永遠のいのち」は、神様の約束です。
これは、理解して納得して受け入れるものではありません。何故なら、神様のなさることは、すべて私達の理解を超えることだからです。
「神様のことばだから信じる」「神様のされることだから信じる」という「信仰」が必要なのです。人々の罪を取り除く世の光としてイエス様はこの地に来られましたが、多くの人は、「光(イエス様)」より「やみ(この世、罪)」を愛しました。しかし、神様のご計画を信じ、受け入れる人は幸いです。そこに真理があるからです。信じる者だけが罪の束縛から解放され、永遠のいのちを持ち、光の中を歩むことが出来るのです。
 バプテスマのヨハネは、徹底してイエス様がメシアであることを人々に伝えました。救い主を紹介するのが彼の使命だったからです。彼は、信仰をもって神様のことばを聞き、神様のことばに生きた者として、今、天で大きな報いを受けているのです。

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