全知全能の神

 「アブラムが九十九歳になったとき、主はアブラムに現れ、こう仰せられた。『わたしは全能の神である。あなたはわたしの前を歩み、全き者であれ。わたしは、わたしの契約を、わたしとあなたとの間に立てる。わたしは、あなたをおびただしくふやそう。』~」(創世記17章1~5)
 
 神様は、99歳のアブラハムに「わたしは全能の神である。あなたはわたしの前を歩み、全き者であれ。」と言われました。
「全き者」とは、「完全な者」ということです。しかし、私たちは弱さを抱える人間ですので、自分で完全になることは出来ません。人に優しくしようと思っても、状況などによって常に優しく出来ない自分がいます。人に愛情を注ぎたくても、注ぎ続けることの出来ない自分がいます。
 しかし、神様は、私たちを完全に造り変えて下さる方です。私たちが、心から願うなら、神様は、全能なる方ですから、私たちの願いを聞き入れ、出来ない者から出来る者へと、私を変えて下さるのです。
 神様が、アブラハムに言われた「全き者」とは、「神様を完全に信じる者」ということです。つまり、それは「わたしを100%信じなさい」と言われているのです。
 神様は、私たちの抱えている問題にことごとく答えて下さる方です。また神様は、私たちの信仰の通りを行って下さる方です。私たちが、問題を主に委ねて、「主が解決して下さる!」と信じれはその通りになりますし、「この問題は難しくて解決出来ない・・・」と信じればその通りになるのです。
 エリヤは、北イスラエルのアハブ王の前で、「私のことばによらなければ、ここ二、三年の間は露も雨も降らないであろう。」(Ⅰ列王記17:1)と宣言しました。エリヤにとって、この宣言をするのには、本当に信仰が要りました。しかし、エリヤは全き者となったのです。そして、エリヤが信じたその通りのことが起こりました。
 神様は無から有を生み出すお方です。
 アブラハムは、75歳で召命を受け、子孫の約束が与えられました。このおことばをいただいた時の彼はもう99歳です。人間的には子どもが与えられるなんて絶対に無理な状況でした。
 しかし、神様は必ず約束を守られる方です。アブラハムが100歳、サラが90歳の時、約束の子イサクが与えられたのです。神様は、全能なるお方です。人間的には絶対に無理な状況であっても、神様にはお出来になるのです。その後、アブラハムはイサクを全焼のいけにえとして捧げるよう言われましたが、アブラハムは全き者として「神様は約束を守って下さる方。イサクが死んでも必ず甦らせ、イサクを通して子孫を起こされる」と信じました。その完全な信仰が神様に喜ばれ、彼は信仰によって義と認められたのです。アブラハムは、信仰によってイサクを取り戻しました。
 私たちの信じる神様は、全知全能なる神様です。私たちが全き信頼をもって神様に従って行くなら、神様はいつも私たちに最善の道を用意して下さり、従う者に格別な祝福を注いで下さるのです。全き信仰を持ちましょう。

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