信じ続ける(エペソ1:1~14)

 神様は、この世界の基の置かれる前から私たちを選び、ご自分の子にしようと計画されていました。そして、天にあるすべての霊的祝福をもって私たちを祝福して下さったのです(エペソ1:3)。
 私たちは様々な試練を通らされているとき、神様が自分から離れているように感じたり、見捨てられてはいないかと心配になったりすることがあります。しかし、心配する事は全くありません。人間的にはどうすることも出来なくなり、どん底に突き落とされた時に、神様は現れて下さるのです。そして、人間の力ではなく、神様の力によってあなたを助けて下さるのです。神様は、私たち一人一人を大切に思っておられ、最善の道を用意して通らせて下さっています。
 創世記に、ヨセフという人が登場します。彼は、ヤコブの年寄り子で、大変可愛いがられていました。それゆえ、兄弟に妬まれ、エジプトに売り飛ばされることになります。彼の人生は、彼の思い描いていたものとはかけ離れていたものでした。しかし、彼は信仰を失わなかったのです。どこにいても、神様を恐れ、神様に従い、神様が共におられることを信じていました。その信仰のゆえ、彼はエジプトの王に信頼され、国を任せられるほどになり、多くの祝福を受けました。
「いつでも祈るべきであり、失望してはならない~」〈ルカ18:1〉
 神様は、信仰を見ておられます。どんなことがあっても、信じ続ける心を神様は見ておられるのです。
 私たちは、問題にあった時、どのくらい神様の前で祈るでしょうか。
 イエス様は、こんなたとえ話をされました。「ある町に、神を恐れず、人を人とも思わない裁判官がいました。その町にひとりのやもめがおり、その不正な裁判官に向って自分の訴えが通るまで叫び続けたのです。裁判官は、あまりにもしつこいので、その女の訴えを聞き入れることにしました。」と言われたのです。(ルカ18:1~6)
 イエス様は言われました。「不正な裁判官の言っていることを聞きなさい。まして神は、夜昼神を呼び求めている選民のためにさばきをつけないで、いつまでもそのことを放っておかれることがあるでしょうか。あなたがたに言いますが、神は、すみやかに彼らのために正しいさばきをしてくださいます。しかし、人の子が来たとき、はたして地上に信仰がみられるでしょうか。」(ルカ18:6~8)と。
 神様は、私たちを愛しておられ、私たちの祈りに耳を傾けて下さるお方です。イエス様の十字架の血潮によって、私たちは聖められ、私たちは神の子どもとされました。ですから、天の父なる神様は、子になった私たちの願いを喜んで聞いて下さるのです。これは神様の救いの奥義です。(エペソ1:7~9) また、神の子になった私たちには、御国を相続する権利が与えられ、その証印として約束の聖霊が与えられました。(エペソ1:10~13)「聖霊は私たちが御国を受け継ぐことの保証です。これは、神の民の贖いのためであり、神の栄光がほめたたえられるためです。」(エペソ1:14)これらすべては、信仰によって受けとるものです。信じられないようなこともありますが、しかし、聖書は真理を語っており、信じる者が勝利者となるのです。(ヨハネ11:40)

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