信じて求め続ける

「いつでも祈るべきであり、失望してはならない~」(ルカ18:1)

 イエス様は例えをもって話されました。
「ある町に、神様を恐れず、人を人とも思わない裁判官がいました。その町に一人のやもめがいましたが、彼のところにやって来ては『私の相手をさばいて、私を守って下さい!』と訴えました。不正な裁判官は、彼女に関わっても何も得がないのでしばらくは取り合わないでいましたが、後に心ひそかに『私は神を恐れず、人を人とも思わないが、どうもこのやもめは、うるさくてしかたがないから、この女のために裁判をしてやることにしよう。でないと、ひっきりなしにやって来てうるさくてしかたがない。』
 イエス様は続けて言われました。
「不正な裁判官の言っていることを聞きなさい。まして神は、夜昼神を呼び求めている選民のためにさばきをつけないで、いつまでもそのことを放っておかれることがあるでしょうか。あなたがたに言いますが、神は、すみやかに彼らのために正しいさばきをしてくださいます。しかし、人の子が来たとき、はたして地上に信仰が見られるでしょうか。」(ルカ18:6~8)
 どんなに失望し、落胆したとしても、あきらめずに祈り続けるということは、とても大事なことです。祈りは、息をするのと同じくらい私たちの霊的な部分で欠かせないものだと言われています。「絶えず祈りなさい。」(第一テサロニケ5:17)という命令は、私たちが霊的健康に生きるために出された命令です。
 祈る時、私たちの心は神様に向きます。そうすると、神様に対する信仰が与えられ、どのような問題の中においても希望を持つことが出来るのです。「神様は必ず、良いことをして下さる!私の願いを聞いて下さる!」と。そうすると、その信仰の通りになるのです。
 このやもめも、裁判官に対し、「願い続ければ必ず聞いてくれる」と信じて求め続けました。結果、裁判官はやもめの言うことを聞かざるおえなくなったのです。不正な裁判官でも、うるさいほど求めたので答えたのです。ましてや私たちを心から愛して下さっている神様が、私たちの願いを聞かないことがあるだろうか、とイエス様は言われます。
 神様は、言われたことを必ず実現して下さる方です。「そのように、わたしの口から出るわたしのことばも、むなしく、わたしのところに帰っては来ない。必ず、わたしの望む事を成し遂げ、わたしの言い送った事を成功させる。」(イザヤ55:11)
 神様は契約の神様です。アブラハムに対して神様は子孫繁栄と土地の約束をされました(創世記12:1~3)。そして、その約束通りのことが実現したのです。
 神様は求める者には必ず与えて下さる方です。「あなたがたの中に知恵の欠けた人がいるなら、その人は、だれにでも惜しげなく、とがめることなくお与えになる神に願いなさい。そうすればきっと与えられます。」(ヤコブ1:5)「求めなさい。そうすれば与えられます。」(マタイ7:7)
 現実の世界を見て、私たちは失望することが沢山あります。しかし、目に見える状況に左右されず、霊の世界で働かれる主を見上げ、主に希望をおいて祈る続けるなら、神様は、必ずあなたの祈りに答えて下さいます。

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