成長させて下さるのは神である

「私たちは神の協力者であり、あなたがは神の畑、神の建物です。」(Ⅰコリント3:9)
 「あなたがたは神の畑である」とはどういうことでしょうか。
神様は、私たちを通して多くの実を実らせ、私たちを通して、多くの収穫を得ようとしておられるということです。
 収穫する時、まず畑に種を植える必要があります。しかし、種を植えるだけでは、まともに実を得ることが出来ません。更に、肥やしを撒き、日々手入れをしなければなりません。芽が出たと思えば、雑草も生えてくるのです。
 イエス様がバプテスマを受けられ、40日40夜断食した後、サタンがやって来ました。そして、空腹を覚えているイエス様を試みようとあらゆる手で挑戦して来ました。
 そのように、御言葉の種が蒔かれ、それを信じるとすぐにサタンが別の種、すなわち雑草の種(不信仰)を蒔き、植え付け、信仰の成長を妨げようとするのです。それは、信じる者を神様から引き離すためです。
 私たちは、救われた後も手入れが必要です。何故なら、私たちの信仰の成長を妨げようと、サタンがあらゆる不信仰の種(恐れ、不安、疑い、不信)を蒔き始めるからです。そして、その雑草の成長は早いのです。ですから、日々神様の御言葉と祈りによって、その雑草を抜く作業が必要となってくるのです。私たちの信仰は、神様の御言葉によって励まされ、祈りによって力を得、成長していくのです。
「そのように、信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。」(ローマ10:17)
 私たちは聖霊に満たされていくことが必要です。私たちの畑に御言葉の種が蒔かれ、聖霊によって満たされる時、御霊の実を結ぶことが出来ます。
「御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。」(ガラテヤ5:22、23)
 この実によって、多くの人々が励まされ、恵まれ、イエス様を知ることが出来るのです。これが、収穫です。
 また、私たちは、イエス・キリストを土台とした建物です。私たちはそれぞれ必要な材木としてつなぎ合わされ、一つとなることが出来ます。共に愛し合い、共に励まし合う中で私たちはキリストの身体として神様の栄光を現していくのです。それぞれの働きがあり、それぞれの賜物があります。それらをもって一つとなる時、私たちは何ものにも揺るがされることのない、壊されることのない堅固な建物となることが出来るのです。
 コリントの教会では、肉に属している人から色々な論争が起こりました。しかしパウロは、大切なのは植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させて下さる神様だ、と言っています。この成長させて下さる方に目を留めて、神の畑として、神の建物として主の働きを全うしていきましょう。

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