いのちのパンを味わう

「わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。」(ヨハネの福音書6:35)

 ヨハネの4章を見ると、イエス様がサマリヤの女に対して「わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。」と言われています。
 イエス様は、「いのちのパン」であり、「いのちの水」です。信仰を持って、イエス様からそれらを受け取る者は、永遠に飢えることがなく、渇くことがないと聖書は語っています。イエス様は、ご自身を「道、真理、いのち」と宣言されています。(ヨハネ14:6)
 「いのちのパン」であるイエス様を食べる時、神様によって歩むべき道が示され、真理を悟り、永遠のいのちを得ることが出来るのです。新しい自分が与えられ、神様の平安の中でいつまでも過ごすことが出来ることは、なんと幸いなことでしょうか。
 イエス様は、確信をもってご自分を証し、聖書に書いてある預言を御言葉と奇跡をもって解き明かされました。そして、預言書に書かれてある救い主こそ、イエス・キリストであることを世に現されたのです。イエス様は、私たちの罪を赦し、私たちに神様の祝福(神の子どもとしての特権)を与えにこの地に来て下さった方です。
 私たちは、この方が与えられる「いのちのパン」(イエス様の御言葉)の素晴らしさを人々に伝える者です。このパンこそが、私たちの人生に力と平安を与え、満足を与えるものであることを・・。
 御言葉は、私たちの人生を支えます。本当に辛く、どん底を味わっている時、御言葉が私たちの心を励まし、「いのちのパン」となって私たちの心に力を与えて下さいます。
 神様は、「いのちのパン」を味わうために、どのような状況の中であっても御言葉を告白する信仰を求めておられます。信仰をもって告白する時、主が御手を動かし、告白の通りに御言葉を実現して下さるのです。そして、また、「いのちのパン」である御言葉の素晴らしさを味わい、信仰が増し加えられるのです。
 神様は、今も生きて働かれている方です。私たちは、状況を見て失望落胆するのではなく、聖書のことばに立って、信仰をもって見ていきましょう。そうするならば、すべての上に神様が働かれ、神様が支配しておられることに気付くのです。
 私たちは、イエス様という「いのちのパン」を知っているだけではなく、味わい、喜ぶものです。この「いのちのパン」がどれほど、私たちを成長させ、人生を豊かにするのか、私たちは益々知る者でありたいと願います。

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