神様の愛

「愛する者たち。私たちは、互いに愛し合いましょう。愛は神から出ているのです。~愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。」(第一ヨハネ4:7~21)

 神様は、すべての人を平等に愛され、そして全ての人に等しく太陽を昇らせ、雨を降らせ、恵みを注いで下さるお方です。誰もが、裸で生まれ、そして、裸で天に帰ります。この地上にいるうちに、神様の愛に気付き、その愛を受け取ることのできた人々は幸いです。何故なら、神様の深い愛を知る時、その人の人生は全く変わるからです。
 宮崎の西都市に石井十次記念館があります。石井十次は、宮崎県で生まれ、日本が急速に近代化を進めた明治時代に活躍した人物です。彼自身は医者を目指していましたが、親のいない子ども達に心を痛め、その思いが強くなった時、医学の道を断念し、孤児救済のために人生を捧げました。彼は「親のいない孤児よりも、もっと不幸なのは、心の迷い子、精神の孤児なのです。」と言い、聖書の教えを土台として子ども達を教育し、様々な困難を乗り越え、数々の偉業を成し遂げました。
 ある時、彼は幻をみました。そこには大きなかごを背負ったイエス様が立っていて、そのかごの中には大勢の孤児がいました。十次はそのかごに子ども達を入れていましたが、もうこれ以上は無理だ、と限界を感じます。しかし、イエス様には限界がなかったのです。まだまだ孤児をかごに入れるよう指示をされ、その通りにすると、孤児はかごに納まるのです。
 その時から、彼は孤児院を背負っているのは、自分ではなくイエス様で、自分はイエス様のお手伝いをすればいいだけだ、と気付きはじめます。
彼は、「イエス様の人々を愛する愛」がどれだけ深いかを知り、イエス様の愛によって孤児を愛するようになります。彼が創設した岡山孤児院は、東北大飢饉の被災者を受け入れ、その時の孤児院の収容人数は1200人を越えたのです。これは、一人の人がイエス様の愛に突き動かされた結果成し遂げられた偉業です。神様の愛は、この地の全ての人に注がれ、信仰を持って受け取るものに、神様の栄光を現して下さいます。
 マルコの5章には、12年間長血を患っていた女性が出てきます。彼女は自分の病気を直すために、あらゆる手を尽くしましたが、良くなるどころか悪くなる一方でした。彼女は、イエス様のことを聞き、群集をかき分け、信仰を持ってイエス様の衣に触りました。すると、イエス様から力が出て行き、彼女の病気は完全に癒されたのです。
 彼女は、イエス様と出会い、イエス様の愛に触れたのです。彼女の「イエス様なら癒すことができる!」という信仰をイエス様は喜ばれました。
 イエス様の十字架の愛、復活を信じるには信仰が必要です。しかし、信仰を持ってイエス様の愛を受け取る人は、天において永遠の祝福を得ることができます。そして、その愛によって人を愛することができ、イエス様の働きの手伝いをすることができるのです。なんという恵みでしょうか。

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