疑わずに信じる

 「ですから、見なさい。これらのことが起こる日までは、あなたは、ものが言えず、話せなくなります。私のことばを信じなかったからです。私のことばは、その時が来れば実現します。」(ルカの福音書1:20)
 ザカリヤは熱心な祭司で、彼の妻はエリサベツと言い、ふたりとも、神の御前に正しく主のすべての戒めと定めを落度なく踏み行っていました。
 彼が、祭司職の習慣によってくじを引いたところ、主の神殿に入って香をたくことになりました。そして、彼が香をたく間、大勢の民はみな、外で祈っていました。当時は、祭司だけが神殿に入り、神様のことばを聞くことが出来ました。ほかの者は外で待たなければなりませんでした。しかし、イエス様が十字架の贖いをされた後は、神を信じ、神の子とされた者は、神によって選ばれた祭司として、また礼拝する者として、神殿に入ることが出来るようになりました。これは神様の恵みです。私たちは神様のことばを聞くものとされたことを感謝しましょう。
 ザカリヤは、神殿の中に入り、天使を通して神様のことばを聞きました。
彼は恐怖に襲われましたが、御使いは、「こわがることはない。ザカリヤ。あなたの願いが聞かれたのです。」と語りました。
 ザカリヤとエリサベツの長年の願いは、子どもが与えられることでした。子どもがいないことは、彼らにとってはとても大きな問題でした。(当時は、子を生まない女性は、のろわれているものと見なされてた)
 とうとう、彼らの願いがかなえられたのです。しかし、ザカリヤは「私は何によってそれを知ることができましょうか。私ももう年寄りですし、妻も年をとっております。」と言って、信じようとしませんでした。それゆえ、彼は、約束の子であるヨハネが生まれるまで、神様によって口がきけなくなってしまいました。
 私たちは、ザカリヤから学ぶことが出来ます。神様の約束のことばを信じない人は、霊的な口が閉ざされます。信仰の告白をする口が閉ざされるのです。そして、その不信仰によって、人々に祝福のことばを語ることも出来なくなります。
 私たちが、どのような状況の中にあっても、神様の約束を信じ、口で告白していくなら、必ず信仰の通りになるのです。人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。(ローマ10:10)私たちに必要なものは、目に見える状況ではなく、神様の約束のことばを信じて待つ忍耐です。
「あなたがたが神のみこころを行って、約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。」(ヘブル10:35)
 神様が、約束して下さったことは、必ず実現するという信仰はとても大事なことです。ザカリヤは祈ってたのにも関わらず、その心に疑いを持ってしまいました。自分の見える状況が悪かったからです。しかし、神様の約束のことばには、状況は全く関係ありません。神様がよしとする時に、神様の業が現れるのです。
 神様のことばは、種のようなものです。最初は小さく、目に見えて実を見ることは出来ません。しかし、私たちが蒔かれた神様の御言葉を信じ、告白していくなら、その告白によって種は成長し、目に見える形で多くの実を見ることが出来るのです。神様のことばを疑わず、信じましょう。

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