神様に会う備えをする

「罪に定めようとするのはだれですか。死んでくださった方、いや、よみがえられた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、私たちのためにとりなしていてくださるのです。」(ローマ8:34)
 私たちは、神様によって生かされています。ですから、神様のことばである聖書から教えを受け、聖書を通して自分がどのような者で、どのような心を持っているかを点検することが出来ます。世の中では、自分の身体の健康を保つために、検診をします。悪いところがあれば、食生活を改善したり、運動したりと、対処することが出来ます。
 そのように、聖書によって自分の心や、歩み方を調べ、もし聖書の教えから外れているなら、悔い改めて軌道修正し、心を健全に保ち続ける必要があります。
 イエス様は、神様の用意された歩みから外れてしまった私たちを救うために、この地上に降りて来て下さいました。私たちは、罪のために滅びの道に向かっていました。しかし、イエス様は、私たちを悔い改めへと導き、イエス様を信じることによって、永遠のいのちに至る道へと移して下さったのです。
 死とは、「分離」を意味します。第一に体と霊魂の分離、第二に神との関係が断たれる、霊的な死です。しかし、神は「今は恵みの時。救いの日」(Ⅱコリント6:2)として下さり、キリストの福音を信じる者に永遠のいのちを与えてくださり、死からいのちに移してくださいました。しかし、信じない者は永遠の滅びである地獄に落とされ、永遠の分離となるのです。 イエス様は、私たちを死からいのちに移し、救うために来てくださり、十字架の死と復活(福音)を受け入れるものを救い出してくださるのです。
 イエス・キリストが私たちを救うためにこの地上にお生まれなさったこと、これがクリスマスであり、イエス様は、人々の死んでいた霊を取り戻すために来られました。 イエス様の罪の赦しは、完全なものです。すべての痛みも傷も背負って十字架にかかって下さいました。この十字架の贖い、罪からの解放によって、私たちは神様の子として祝福された歩みをすることが出来るのです。
 イエス様のよみがえりは、聖書の預言の成就を表します。神様の預言のことばは真理であり、必ずなるという信仰を与えるものです。
 クリスマスは、まだ罪の支配下にあって、解放されていない人々にイエス様をお知らせする良い機会です。すべての人に救いの門が開かれていること、すべての人をイエス様が愛され、招いて下さっていることを伝えて参りましょう。
 そして、イエス様がやがて再び来られる日に、多くの人がイエス様にお会いする備えが出来ているように、私たちは期待しつつ、待ち望みましょう。

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