信じる者に(ローマ人への手紙8:1~14)

 私たちは、かつては罪のゆえに悪い実を実らす枝でした。しかし、まことのぶどうの木によって接木された時から、私たちの人生は新しくされ、イエス様の血潮のきよめによって、良い実を実らすことの出来る枝へと変えられました。私たちの人生は、豊かに実を結ぶことの出来る人生です。
 色々な問題が起こり、また病に襲われることもあります。しかし、私たちが常に信仰によってイエス様のうちにあるなら、全てが益と変えられ、神様の栄光と変えられます。
 信仰を持つのは難しいと考える人がいます。なんとか頭で理解し、理屈によって信じようとする人もいます。イエス様が救い主であること、新しくされること、これは目に見えて確認出来るものではありません。しかし、もし信じるなら、その時から霊的世界が開かれていくのです。
 罪の中にいる時は、善を行いたいと願っていても、したくない悪を行ってしまうような者でした。悪を行う者の行く先には、永遠の死、永遠の滅びが待ち受けています。しかし、救い主であるイエス様の十字架の贖いによって、キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、私たちを解放して下さったのです。
 救いは、信仰によって受け取るものです。「救い」は、感情によって受けるものではなく、また体験的に味わうものや、何らかの現象が表れるものではありません。私たちの「信じる」という決心によって得られるものなのです。
 イエス様は、聖書にある通り、確かに約2000年前にこの地上に来られ、確かに十字架にかかられ、確かに復活され、天に昇られました。これは、そのまま信じ、受け入れるに価するものです。そして、イエス様の救いを受け入れた者は、「神の子」と呼ばれ、御霊によって歩む人生が与えられます。
 聖霊様がいつも共におられ、聖書のことばを通して神様のことを教えて下さいます。弱さを覚える時は、助けて下さり、分からなくなった時は、平安を与え、行くべき道へと導いて下さるのです。「御霊によって歩む」ということは、神様のことばである聖書のことばに従って生きるということです。私たちが、忠実に御霊によって歩むなら、益々神様の愛を知り、益々神様の偉大さを体験することの出来る恵みに預かるのです。そして、その歩みは、自分のための人生ではなく、キリストと共にキリストのために生きる人生となり、神様の栄光を現すものとなるのです。
 いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から私たちを解放して下さいました。
信じる者が、その恵みに預かり、主のために良い実を結ぶことが出来るのです。

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