教会が教会を生み出す(永井 信義師)

「こうして教会は、ユダヤ、ガリラヤ、サマリヤの全地にわたり築き上げられて平安を保ち、主を恐れかしこみ、聖霊に励まされて前進し続けたので、信者の数がふえて行った。」(使徒の働き9:31)
 教会が前進して行く時、神様は色々な人を色々な方法で用いて下さいます。
教会のリーダーなど、主だった人だけが用いられるのではなく、教会の一人ひとりを神様は用いて下さいます。
 サウロは、教会に集うクリスチャンを激しく迫害する人物でした。しかし、彼に転機が訪れます。迫害の意に燃えつつ、ダマスコに行く途中、イエス様の声を聞くと、彼はその時から目が見えなくなってしまったのです。でも神様は、彼の目が見えるようになるために、手を置いて祈るようにとアナニヤという人物を備えてくださっていました。
 それからパウロ(サウロ)は、聖霊に満たされ、宣教のために立ち上がりますが、弟子たちにはにわかに信じがたいことでした。その時、彼を受け入れ、弟子たちの間を取り持つ働きに用いられたのがバルナバという人物です。
 また、ペテロは色々な場所に遣わされ、福音を伝えました。9章に出てくる、パウロ、アナニヤ、バルナバ、ペテロを見ると分かるように、神様は、一人ひとりをそれぞれの賜物に従って違った形で用いて下さるお方です。
 教会の前進のために働きをする人々の特徴は、人を受け入れる、誰かの為に行動している、神様のために働いているという自覚がある、聖霊に満たされ大胆に歩んでいる、神様を恐れていた=人を恐れない(箴言1:7、伝道者の書12:13)、ことが挙げられます。
 使徒の9:31を英語訳で見ると、「教会がふえていった」と書かれてあります。つまり、信者の数だけではなく、教会が教会を生み出すという働きが盛んに行われていたのです。これが、聖書で確認することの出来る「聖霊に励まされて教会が前進する」ということなのです。創世記1:28を見る時、「ふえる」ことは神様の御心であることが分かります。クリスチャンがクリスチャンを生み出すように、教会が教会(家の教会=私たちの家を宣教の舞台とする コロサイ4:15)を生み出す働きをする時、神様の栄光が現れるのです。
 教会のかしらはイエス様です(エペソ1:22)。教会を治め、支配し、導くのはイエス様お一人です。もし、私たちのそれぞれの家が、家の教会としての働きをするなら、イエス様はそこにおられ、救われる魂を起こさるのです。
 教会が前進して行くなら、「平安」(ヨハネ14:27)を保ちます。この平安には、安全、健康、繁栄、幸せ、救い、という多くの意味があり、まとめていうなら「あなたが満ち満ちた全き存在になりますように。どこにも不足するものがありませんように。」ということです。神様は、私たちにこの平安を与えて下さると約束して下さっています。
 神様は、私たちの境界線を広げて下さろうとしています(使徒1:8)。そのためには、聖霊による励ましが必要です〈使徒4:29~31〉。私たちは、聖霊に満たされ、恐れることなく大胆に前進する教会として、歩んでいこうではありませんか。

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