神様のことばは、いのちのパン

 神様のことばは、私たちにとっていのちのパンです。神様のことばを日々いただく時に、私たちの心は養われ、成長することが出来るのです。
 はじめに、神様は天と地を造られ、エデンの園にアダムとエバを置き、その地を管理させました。彼らは、神様のことばに従っていたので、そこには自由があり、そしてすべてのものは満たされていました。
 しかし、サタンは蛇を使って彼らに近づいて来ました。そして、彼らに話しかけたのです。神様のことばを疑わせ、そして彼らにとって魅力的なものを目の前にちらつかせました。結果、アダムとエバはサタンのことばを受け入れ、神様のことばに背き、罪が入ってきたのです。(創世記3章)。
 サタンはこのように、神様のことばに背かせようと、私たちに近づいて来るのです。イエス様が四十日四十夜断食した後、空腹を覚えた時も現れてこう言いました。「あなたが神の子なら、この石がパンになるように、命じなさい。」と。するとイエス様は、「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる』と書いてある。」(マタイの福音書4:4)と言われました。それからもサタンの攻撃は続きますが、イエス様は神様のことばをもって勝利し、サタンはイエス様を離れていきました。
 サタンは、このように弱さにつけこみ、そして魅力的なものを持って近づいて来るのです。その目的はただ一つ、神様のことばに背かせるためです。
 しかし、イエス様が言われたように、神様のことばこそが私たちのいのちのパンです。このパンによって私たちは永遠に生きることが出来るのです。
 イエス様は、霊的渇きを覚えていたサマリヤの女にも現れて下さいました。
そして、彼女を導き、言われました。「この水を飲む者はだれでも、また渇きます。しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。」(ヨハネの福音書4:13、14)
 イエス様は、私たちに聖霊の喜びを与えて下さいます。悪魔は、「ここに幸せがあるのだ」、と言ってお金や名誉や、目に見える形をもって誘惑して来ます。そして神様に従うことが退屈で損をするように思わせるのです。しかし、人々が飢え渇いて求めている者は、一時的な満たしではなく、永遠に続くものなのです。それは、永遠に存在し、永遠に生きて働かれる神様しか与えることの出来ないものであることを知らなければなりません。
 私たちは、神様のみことばで私たちの内なるものを満たす必要があります。それが、私たちにとっていのちのパンとなり、永遠に続く力と喜びで満たして下さるのです。
 イエス様は、あらゆる病気、あらゆる患いを直されました(マタイ10:1)。イエス様のもとにすべての問題の解決があるのです。私たちは、あらゆる手段で近づいて来るサタンの声を退け、神様だけを見上げ、全能なる神様の声に従って行きましょう。イエス様のことばは私たちにとっていのちのパンです。信じましょう。

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