聖霊の火を絶やさない

 「そこで、天の御国は、たとえて言えば、それぞれがともしびを持って、花婿を出迎える十人の娘のようです。~だから、目をさましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないからです。」(マタイ25:1~13)
 今は世の終わりの時代です。世界が様々な問題で揺り動かされています。
今回のアメリカ大統領選挙におきましても、これからこの世界は、そして日本はどうなるのだろうと考えさせられた人は少なくないと思います。しかし、この世の終わりについては、聖書が記しているように、天の父だけが知っておられます。そして、天の父の御心だけが行われることを、私たちは信仰を持って待ち望みます。
 マタイの25章の1~13には、世の終わりについての例えが書かれてあります。花婿を迎えるために十人の娘がともしびを準備して待っていました。そのうちの5人の愚かな娘は、ともしびは持っていましたが、油を用意していませんでした。5人の賢い娘たちは、ともしびと一緒に、入れ物に油を入れて持っていました。花婿が来るのが遅れたので、みな、うとうとして眠り始めました。ところが夜中になって「そら、花婿だ。迎えに出よ」と叫ぶ声がしたので、みな起きて自分のともしびを整えました。ところが愚かな娘は、油が足りないことに気付き、賢い娘たちに「油を少し私たちに分けてください。私たちのともしびは消えそうです。」とお願いしました。しかし、賢い娘たちは「いいえ、あなたがたに分けてあげるにはとうてい足りません。それよりも店に行って、自分のをお買いなさい。」と答えました。そこで、愚かな娘たちが油を買いに行くと、その間に花婿が来たのです。用意の出来ていた賢い娘たちは、彼と一緒に婚礼の祝宴に行き、戸が閉められた。その後で他の娘たちも来て、「ご主人さま、ご主人さま。あけてください」と言うと、彼は答えて「確かなところ、私はあなたがたを知りません」と言ったのです。
 愚かな娘たちは、花婿を迎えるのに油を用意していませんでした。それゆえ彼女たちは花婿と共に祝宴の席に着くことが出来なかったのです。
 「花婿」とは、イエス・キリストです。イエス様は、この世の終わりの時に、イエス様を信じ受け入れた人々を必ず迎えに来られます。イエス様は「油を絶やしてはならない。」とこの例えをもって教えておられます。「油」とは聖霊のことです。聖霊の油がある時、私たちの内には救いの喜び、感謝、祝福、平安があります。しかし油が足りなくなると、その思いが薄れ、イエ様に対する情熱も薄れてくるのです。終わりの時代には、益々聖霊に満たされる必要があります。何故なら、益々神様から離れさせようとする力が働くからです。私たちは、いつも聖霊に満たされ、イエス様が来られるその時まで、イエス様に対する情熱を保ち続ける必要があります。イエス様は、聖霊様によって「イエスが主」であるという啓示を与え、聖霊の火を燃やし続けて下さり、私たちが福音を伝えるための力を与えて下さいます。神様は、あなたをイエス様の名を伝えるために用いて下さいます。そのために聖霊の力が必要です。油を絶やすことなく、信仰をもって前進しましょう。

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