神のことば

「天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる。昼は昼へ、話を伝え、夜は夜へ、知識を示す。話もなく、ことばもなく、その声も聞かれない。」(詩篇19:1~3)
 聖書は、神がこの天地を造られたと語っています。神様は、目的を持ってこの地を形造り、目的を持って私たち人間を創造されました。私たちを造って下さった神様と共に歩むなら、私たちは人生においてしっかりとした足取りで、目標に向って豊かな歩みをすることが出来ます。しかし、神様から離れ、自分が何のために存在し、生きているのか分からない人の人生は、とてもむなしいものです。
 「みことばの戸が開くと、光が差し込み、わきまえのない者に悟りを与えます。」(詩篇119:130)
 私たちは、御言葉に触れる時、真理を知ります。そして、御言葉によって賢く、力強く人生を送ることが出来るのです。何故なら、真理を知る時、キリストが私たちのうちに住み、キリストが力強く働いて下さるからです。
 預言者エリヤは、天地を造られた神に逆らい続ける北イスラエルの王アハブに神の裁きの宣言をしました。「私の仕えているイスラエルの神、主は生きておられる。私のことばによらなければ、ここ二、三年の間は露も雨も降らないであろう。」(第一列王記17:1)と。それから、エリヤは神様に命じられる通り、ケリテ川に身を潜め、「わたしは烏に、そこであなたを養うように命じた。」という神様のことば通り、烏が運んでくるパンと肉で養われる日々を過ごしました。次に、神様に「さあ、シドンのツァレファテに行き、そこに住め。見よ。わたしは、そこのひとりのやもめに命じて、あなたを養うようにしている。」と言われたのです。そこでエリヤがその通りの場所に行くと、そこには貧しくて、息子ともう明日にでも死のうとしているやもめがいました。しかし、エリヤは、神様のことば通りに、彼女の家に残っている一握りの粉とほんの少しの油でパンを作らせ、自分に持ってくるように命じます。それは、やもめにとって信じがたい厳しいことばでした。エリヤもさぞかし辛かったでしょう。しかし、やもめは、エリヤを通して語られた「主が地の上に雨を降らせる日までは、そのかめの粉は尽きず、そのつぼの油はなくならない。」ということばに従いました。するとどうでしょう。神様のことば通り、かめの粉は尽きず、つぼの油はなくならず、彼女と彼女の家族は長い間それを食べることが出来たのです。それは、エリヤが、烏ややもめという目に見える状況に目を止めず、神様のことばに信頼し、そのお言葉に従って、大胆に神のことばを語り続けたからです。
 神様のことばは絶対であり、神様が言われたことは必ず実現に至ります。そして、神様を信じ求める者に必ず答えて下さるお方です。この天地を造られ、目的を持って私たちを造られた方は、私たちと共におられます。(ヨシュア1:9)
この方に聞き、この方に従い、この方の素晴らしさを人々に伝えましょう。

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