神のことばは救いの力

「十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。」(第一コリント1:18)
 創世記6章には、ノアの箱舟について書かれてあります。
この地に悪が増大し、神様に背くのがあたりまえの世界で、ノアだけは神様との関係を保ち続け、神様に「正しい人」と認められていました。神様は、この地が堕落しているのを見て嘆き、全てを滅ぼそうと考えます。そして、神様の前に忠実な歩みをしていたノアにだけ、直接「裁き」と「福音(良い知らせ)」について語りました。裁きとは、洪水によってこの地を洗い流してしまうこと、そして福音(良い知らせ)とは「箱舟」を造り、それに入る者だけが救われるということです。
 更に神様は、箱舟の材料、寸法を詳しく教え、その通りに造るよう命じました。それはとてつもなく大きく、神様の知恵によって造られるものでした。ノアは、神様の命じられる通りにすべてを行いました。ノアの行動を通して、多くの人が箱舟の存在を知りました。しかし、大雨が降る兆候もないのに、それを見ている人々にとっては、ノアのやっていることは愚かなことにしか見えませんでした。彼らにとっては、箱舟という福音を受け入れるチャンスであったにも関わらず、彼らにはノアの言っていること、やっていることがあまりにも現実離れをしていたのです。それは、彼らが、あまりにも神様のことばから離れて霊的な目が閉ざされていたためです。彼らには「福音」が「愚か」なことにしか聞こえませんでしたが、神様のことば通り洪水が起こりました。そして、彼らが助けを求めた時には箱舟の戸はしっかりと閉ざされ、入ることは出来ませんでした。神様のことばを信じたノアと、その家族だけが救われたのです。(創世記7:13)
 この「ノアの箱舟」の話も、信じない人にとっては愚かな話です。しかし、信じる者にとっては神様の裁きと救いの真理を知る力となるのです。
「事実、この世が自分の知恵によって神を知ることがないのは、神の知恵によるのです。それゆえ、神はみこころによって、宣教のことばの愚かさを通して、信じる者を救おうと定められたのです。」(第一コリント1:21)
 聖書に書かれてある神様のことばも信じがたいことばかりです。マリヤの処女降誕、イエス様の十字架と復活、昇天など、普通では信じられません。しかし、神様は全能なる方であり、私たちの理解を遥かに超えた方です。イエス様の十字架と復活を信じることこそ、私たちの福音であり、滅びから私たちを救う箱舟なのです。今は終わりの時代であり、それと同時に恵みの時代です。何故なら、箱舟の扉は開かれているからです。しかし、もう神様の手によって閉じられる時がすぐそこまで来ています。私たちは、全世界に出て行き、すべての造られた者に福音を伝えなければなりません。箱舟に人々を導き入れる働きが託されているのです。

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