私たちにとって、もっとも大切なこと(第一コリント15:1~11) 永井信義師

 イースターは喜びの日です。そして、イエス様の救いとイエス様の勝利の確かさを沢山の方に告げ知らせる絶好のチャンスでもあります。
 イエス様は、週の初めの日によみがえられました。これが日曜礼拝のスタートとなりました。それは、イースターを毎週お祝いし、復活の信仰をもって力強く歩むためです。
 ある時、イエス様は、大切なこととして「心を尽くし、思いを尽くし、力を尽くしてあなたの神である主を愛しなさい。」そして「隣人を愛しなさい。」と言われました。私たちの生きる目的は2つです。それは、神様を本気で愛すること、そして周りの人々を自分を愛するように愛することです。
 そして、このコリントへの手紙では、私たちが信じて受け入れなければならない3つの大切なことが書かれてあります。私たちは、ここに記されている「もっとも大切なこと」を信じ、それを伝えていく必要があります。
もっとも大切なこととは、「私たちが何をすれば救われるか」、ということではありません。そうではなく、「神様が私たちに何をして下さったか」、が重要なのです。私たちが覚えておくべく大切なことが3つあります。

①聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと。
これは完全に死んで下さったことを意味します。
使徒信条には、「十字架につけられ、死んで葬られ、陰府にくだり、三日目に死人の中から」と死んだことが4回くり返し書かれています。私たちが罪を犯したがゆえに受けなければならない罪の罰をイエス様が変わりに受けて下さったことを強調するためです。イエス様の死によって、私たちには永遠のいのちが与えられました。(ローマ6:23)預言通り、神様の御心であったことが分かります。

②三日目によみがえられたこと
私たちは、イエス様がよみがえったように、やがて、よみがえることが約束されています。これが永遠のいのちが完結する時です。もし、復活がなかったら、あなたの信仰はむなしいと書かれてあります。何故なら、復活は私たちを救う救いの業の完成だからです。

③ケパに現れ、それから十二弟子に現れたこと
また、イエス様は五百人以上の兄弟たちに同時に現れました。
最初、トマスはイエス様の復活を疑いました。しかし、そのような弱いトマスにも、イエス様は現れて下さいました。
現れて下さったということは、トマスにとって伝道の力になりました。パウロも同様です。そのように、イエス様は、私たちにも出会って下さる方です。

 歴史的事実として、イエス様の死と復活を信じるだけがキリスト教ではありません。イエス様が私にも現れて下さり、永遠のいのちを与えて下さった、と証するのがクリスチャンです。もっとも大切なこと、それはイエス様が死と復活そして、私たちに現れて下さったことです。信じましょう。

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