信仰に堅く立つ 高森博介師

 先日、J+Passionに参加して、高校受験したH牧師の娘Mちゃんの証を聞きました。彼女の成績は下から数える方が簡単で、志望の高校に入れるとは誰も思ってなく、友達や兄弟さえも合格は無理だと確信していたそうです。しかし、彼女は神様から確信をいただき、信仰をもって「神様は合格させて下さるから大丈夫」と告白し続け、どんなに否定されても「大丈夫、合格するから、無理とか言わないで」と言い続けたそうです。そして、神様は彼女の信仰に応え、見事に志望校に合格を果たしました。試験後にH牧師は、彼女の学校の成績表を見たということですが、もしこれを先に見ていたら、その志望校を受験させなかっただろうというほどのものだったそうで、娘の信仰に感心したそうです。
 聖書の中にもイエス様に褒められた信仰者が出てきます。百人隊長はしもべの癒しの為にイエス様のもとに来ました(マタイ8章5~10節)が、イエス様の権威を信じ、その言葉によって癒されると信じていました。ですから「お言葉をください」とお願いしたのです。そして、そのしもべは癒されました。カナン人の女は娘の癒しの為にイエス様のもとに来ました(マタイ15章22~28節)が、「イスラエルの民以外の為には遣わされていない」と一度は断られました。しかし、主のあわれみのゆえに「主人の食卓から落ちるパン屑」のようなものにでも主の力が働かれることを信じ叫び求め続けたのです。イエス様は娘をいやし、彼女の信仰を称賛されました。
 この二人は異邦人でしたがその信仰によってイエス様に認められ、称賛されたのです。信じない者は人を批判し、悪く言います。しかし、信じる者は、迫害に会っても、堅く立って動かされることはありません。

「堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあってむだでないことを知っているのですから。」

(Ⅰコリント15章58節)

「あなたのパンを水の上に投げよ。ずっと後の日になって、あなたはそれを見いだそう。」

(伝道者の書 11章1節)

 宣教、献金、奉仕などあらゆることは信仰のない者には「パンを水の上に投げる」ような虚しいことのように思えますが、神様は信仰に立つ者に不可能に思えることでも、それを「見出させて」くださるのです。

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