父の日礼拝 ~きよい手を上げて祈る~

(富高美和師)

「ですから、私は願うのです。男は、怒ったり言い争ったりすることなく、どこででもきよい手を上げて祈るようにしなさい。」(第一テモテ2:1~8)
 祈ることは、すべてのクリスチャンに求められていることです。しかし、特にパウロは、男性にそのことを強く求めています。男性は社会においてリーダーシップが求められます。また、家庭の中では父親としてのリーダーシップが求められます。父親は家族を養い、守り、将来に対する責任を求められるがゆえ、戦いや問題が多いものです。しかし、何が起ころうとも怒ったり、議論したり、論争することによって解決するようなことをせず、神様が望む、賢いリーダーのように、まずきよい手をあげて勝利を得る必要があるのです。
 「きよい手を上げる」とはどういうことでしょうか。
「私たちの道を尋ね調べて、主のみもとに立ち返ろう。私たちの手をも心をも天におられる神に向けて上げよう。」(哀歌3:40、41)
 手を上げて祈るというのは、もともとユダヤ人が祈る祈りの姿勢でした。これは、心も行いもすべて神様に向いていることの表現なのです。私たちが祈りや賛美で手を上げる時、それがきよく形だけでない心からのものであれば、天の窓が開かれ、神様の力が豊かに溢れ流れて来るのです。
 イスラエルの民がアマレクに勝利した方法があります。モーセはヨシュアにアマレクと戦うように命じ、アロンとフルと共に丘の頂に立ちました。戦いが進むにつれ、アロンとフルが気付いたことがありました。それは、モーセが手を上げている時は、イスラエルが優勢で、手を下ろしている時はアマレクが優勢であるということでした。彼らはモーセを石に座らせ、両手を支えました。すると「ヨシュアは、アマレクとその民を剣の刃で打ち破った。」(出エジプト17:13)とあるように、神に対する祈りと信頼が大勝利を治めたのです。
 神様の声がノアに、そしてアブラハム、イサク、ヤコブにあったように、神様は、あなたがた家族に立てている計画を父親に語られます。何故なら、神様がそのように父親を家族のリーダーとして立てられたからです。男性は、神様の前に常にきよい手を上げ祈り続け、神様の声に耳を傾ける必要があります。どのような問題が起ころうとも、人間的な解決を求めず、まず主の前きよい手を上げ、祈ります。そうするならば、主にある勝利を勝ち取り、主の計画を歩み続けることが出来るのです。
 父親には、アロンとフルのように父親をサポートし、父親のために祈る器が必要です。それが、妻であり、子ども達です。家族にとって、父親は神様が立てたリーダーです。父親を尊敬し、父親の為に祈る時、変化がもたらされます。

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