恵みにより救われた

高森博介長老牧師

「あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。」(エペソ2:8)
 私たちの努力ではなく、信じ感謝し聖書のみことばによって生きることを神様は望んでおられます。
 モーセに導かれたイスラエルの民は、エジプトの奴隷でしたが解放され、紅海を渡り、神様からのマナと岩から流れる水によって40年間養われました。同様にクリスチャンも罪の奴隷でしたが、信仰によって救われ、バプテスマを受け、いのちのパンであり、いのちの水であるイエス様の語られる神の言葉によって養われます。でなければ、目の前のものに捕らわれ、出エジプトをしたイスラエルの民と同様に、神の約束を忘れ、不平不満と乾きに満ち、この世にあって苦しまなければなりません。
 祈りはまじないではありません。聞かれたら感謝、聞かれなかったから不満を示すのではなく、私たちには神様の恵みが十分であるということに感謝する必要があります。すべての生活において恵みの主は備えられているという信仰に立つのです。
 問題に捕らわれて恵みから目を離してしまってはいけません。神様はその問題や試練を通して私たちを練られるのです。主は愛するものを懲らしめ、むちを打たれる方だからです(箴言13:24)。また、脱出の道も備えてくださいます(Ⅰコリント10:13)。
 放蕩息子の父親はボロボロな姿であった息子を迎え入れました(ルカ15:11-24)。父の喜びが息子の悔い改めの思いより勝ったのです。彼は息子が帰ってくるのを待ち望んでいたのです。悔い改め、そして、よみがえりがあるからキリストの救いが真理であるということができます。新しく造り変えられて、聖霊と共に生きることができるのです。また、救われたものはキリストの体の部分なのですから、あなたがいなければ教会(キリストの体)は成り立たないということを覚えなければなりません。
 この恵みのゆえに信仰を働かせ、みことばに立っていきましょう。

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